午前一時、明里は台所で二人分の皿を洗っていた。
涼は寝室で眠っている。仕事がつらくなってから半年、帰宅すると食事をして、ほとんど話さず横になるようになった。
明里は家賃の振り込み、買い物、洗濯、役所から届く封筒まで引き受けた。涼が苦しいことは分かっている。病院へ行く日に付き添い、会社へ出す書類も一緒に確認した。
それでも蛇口を止めた瞬間、『もう一緒にはいられないかもしれない』と思った。寝室へ戻ると、涼の背中に触れたい気持ちも残っていた。
愛情だけを測っていた
翌朝、涼は昨夜の皿を見て『ありがとう』と言った。明里はその一言で、もう少し頑張れる気がした。
二日後、明里が帰宅すると、頼んでいた洗濯物は洗濯機の中で濡れたままだった。涼は『今それを責められると無理』と言い、部屋の扉を閉めた。
優しかった日を思い出すと、離れる自分が薄情に見えた。苦しい日だけを並べると、七年の全部が間違いだったように感じた。
明里は、まだ涼が好きだった。好きかどうかばかり確かめている間、今の暮らしを二人とも続けられるかという問いは後ろへ回った。
愛は自分の意志だが、関係には互いが生きられる現実と選択が必要である。気持ちが残っていても、一人だけが家事と生活と相手の回復を支える形には限りがあった。
ノートに書いた二行
明里は食卓で、今の感情と今日選べることを一つだけ書いた。
『今の感情:涼が好き。でも、一人で二人分を続けるのが苦しい』
『今日選べること:今夜、二十分だけ話し、途中で責め合いになったら終える』
夜、明里はノートを見ながら伝えた。
『別れたいと決めたわけじゃない。今の暮らしをこのまま続けるのは難しい。私も支えてほしい』
涼は最初、『病気の自分を捨てるの』と言った。明里は何も言えなくなり、決めていたとおり話を終えた。
翌朝、涼から『昨日はごめん。何ならできるか話したい』とメッセージが来た。明里は、すぐ元どおりの寝室へ戻る代わりに、一週間だけ近くに住む姉の部屋で眠ると伝えた。距離を罰に使わず、自分の眠りと考える時間を取り戻すためだった。
一週間で答えは出なかった
離れて三日目、明里は涼へ帰りたいと思った。姉の家ではよく眠れた。同時に、帰宅時刻を気にせず夕食を選べることに安堵した。二つの感情は交代せず、同じ日にあった。
涼とは、一日一度だけ連絡した。涼は自分で食事を注文し、通院先で生活のことも相談した。明里が戻ったあとに分ける家事を、二人で三つ決めた。できない日には黙って残さず、その日のうちに伝えることも決めた。
一週間後、明里は家へ戻った。関係を続けると決め切ったわけではない。家事の約束がまた明里だけの仕事になるなら、別に暮らすことも考えると伝えた。涼はうなずいたが、その約束が続くかはまだ分からない。
翌月、洗濯物がまた洗濯機に残った日があった。今度は涼から『今日はできない。乾燥だけ頼める? 明日は食事を用意する』と連絡が来た。明里は乾燥機を回した。前と同じ家事でも、見え方は少し違った。二人が偏りを見ていたからだ。
愛していることと、一緒に生きられることは同じ問いではない。明里は愛情を証明するために限界まで我慢せず、苦しさを証明するために思い出を捨てることもしなかった。
別れるか続けるかの答えは、まだ途中にある。今夜は自分の弱さも二人の生活へ置けるか。その現実を一日ずつ見ている。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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