恋人から届く、作りかけの曲が好きだった。
まだ歌詞のない部分を鼻歌で埋めて、「ここ、どう思う?」と聞いてくる。聴いているうちに、知らなかった相手の顔が見える気がした。
コンテストに出してみたいと聞いたときも、うれしかった。募集要項を調べて送った。録音できる場所も探した。
それがいつからか、会うたびに「どこまで進んだ?」と聞くようになった。
返事は「まだ」。締め切りは来週なのに。
好きな人を応援していたはずが、その人を動かそうとしている。気づいたときには、曲を聴く楽しみより、進んでいないことへの苛立ちが大きくなっていた。
あなたより私のほうが頑張っている
「今週末に録るって言ってたよね」
口にすると、相手の表情が曇った。「分かってる」と言われて、こちらも黙った。
頼まれたわけでもないのに、と思う。けれど、自分が調べなければ間に合わなかった。聞かなければ、忘れていたかもしれない。
そう考えるほど、手を離せなくなる。
相手に才能があると思っているから、惜しい。ここで諦めてほしくない。いつか形になったら、一緒に喜びたい。その願いは本物だった。
ただ、応募したいと言ったのは相手なのに、いつの間にか締め切りを気にしているのは自分になっていた。何を手伝ってほしいかを聞く前に、必要そうなものを次々に揃えていた。
応援する側にも、うまくいってほしいという切実さがある。その切実さから引き受けた仕事が増えると、「これだけしたのだから、あなたも動いてほしい」という期待が生まれる。
動かない相手への怒りには、自分が背負いすぎた疲れも混じっている。
まだ同じ夢を見ているだろうか
「今も、これに出たいと思ってる?」
次に会ったとき、そう聞いた。いつ録るのかを尋ねるつもりで、ずっと聞けていなかったことだった。
相手は少し黙ってから、「出したい。でも、人に聴かせると思うと、全部だめに聞こえる」と言った。
やる気がないのだと思っていた。本人の中では、出したい気持ちと、聴かれたくない気持ちがぶつかっていた。
理由が分かっても、代わりに応募を決めることはできない。背中を押せば動ける日もあるだろうし、今は出さないと選ぶこともある。
別の答えが返ることもある。「もう、そのコンテストには出たくない」。応援してきた側には、寂しい言葉だ。あんなに楽しそうに話していたのに、と言いたくなる。
それでも、前に語った夢と今の気持ちが変わることはある。好きな人の可能性を信じているつもりで、昔の願いを守らせてしまうこともある。
いま何を望んでいるのか。そこを聞かないままの励ましは、相手から少しずつ離れていく。
曲を聴く時間へ戻る
「一度、最後まで聴いてほしい」
相手が頼んだのは、それだった。
土曜に一時間、一緒に聴くことにした。応募の段取りは本人が進める。こちらから毎日確かめるのはやめると、それも言葉にした。
何も言わずに手を引けば、「どこまで自分でできるか見ていよう」という気持ちになりそうだった。試すようなことをしたいわけではなかった。ただ、恋人と会うたびに進み具合を気にするのが、もうつらかった。
手を貸せることと、引き受け続けると苦しくなること。その両方を話してみると、応援の仕方が少し具体的になる。
もちろん、本人の挑戦だからといって、二人の生活への影響まで黙って受け止めることはない。約束が何度も流れる、お金や家事の負担が片方へ寄る。そうしたことは、夢の良し悪しとは別に話し合う必要がある。
土曜、曲を聴き終えると、相手は感想を待っていた。
直したほうがよさそうな箇所を言いかけて、先に、好きだったところを話した。相手は少し笑った。それから、自分でも迷っている部分を話し始めた。
応募に間に合うかは、まだ分からなかった。
応援していると、失敗を防ぐことまで自分の役目に感じる日がある。けれど、うまくいかなかったときに悔しさを聞くことも、恋人としてできることだ。結果を出すまで相手を引っ張り続けなくても、そばにいる形は残る。
最近している手助けの中に、相手が望んだことと、自分が心配で始めたことが混じっているなら、一つだけ尋ね直してみる。「これは、今も手伝ってほしい?」
二人でいたいと思ったのは、その人が成功するはずだからだけではなかった。作りかけの曲を聴いて笑った時間も、何も進まなかった日に一緒に食べた夕飯も、二人の間にあった。
その時間まで、夢の進み具合で測るようにはなりたくない。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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