ブックマークした求人を開く前に、千佳は新しい講座を買った。
店の紹介文を書く仕事に興味がある。今の仕事では社内向けのお知らせを作っていて、文章を短く直す時間が好きだった。いつか、自分が知らなかった場所を誰かへ伝える仕事もしてみたい。
その「いつか」のために、文章の講座を終えた。次は写真。写真を学ぶと、見出しの付け方が気になった。求人を読むたび、知らない言葉が増える。千佳の机には修了証が二枚あり、応募用に見せる文章は一つもなかった。
「もう少し勉強したら」と言っている間に、最初に保存した募集は終わっていた。
学んだ先にも、知らないことがあった
千佳は勉強をさぼっていない。通勤中に動画を見て、帰宅後には課題を出した。講師から直しをもらうと、納得するまで書き直した。以前より書けるようになった実感もあった。
ただ、講座の課題には、誰に向けて何を書くかが用意されている。自分で応募用の文章を作ろうとすると、店の選び方から分からなくなった。間違ったものを作るくらいなら、先に調べようと思った。
調べれば、詳しい人の仕事が見つかる。知る前には気づかなかった工夫が見え、自分の足りなさも増えた。
知識が増えたことは、千佳にとって確かな前進だった。一方で、「全部分かってから見せる」と決めると、学ぶほど見せる日が遠ざかる。まだ知らないことを、いつまでも見つけられるからだ。
怖かったのは、何も学ばずに飛び込むことだけではない。時間をかけてきた自分の文章に、「今のままでは難しい」と言われることだった。その返事を聞かずに済む夜が、次の講座で延びていた。
週末、以前の講座の相談会で、そのことを話した。講師は千佳が開いていた教材の一覧を見て、「どの文章で困ったの?」と聞いた。
困った文章は、まだなかった。作る手前で止まっていたからだ。
「じゃあ、この前の課題を、別の店でも一本作ってみよう。見せてもらえれば、今どこを練習するか話せる」
必要な勉強を聞きに来たのに、書く話になった。少しがっかりし、それから少しほっとした。勉強が足りない人として、最初からやり直す話にはならなかった。
一つの文章についた、二つの指摘
千佳は休日に行った喫茶店を題材にした。訪問時のメモと店の案内を見て、自分で確認できたことだけを書く。応募用の練習なので、公開せず、知人のお店の宣伝を無償で引き受ける話にも広げなかった。
最初は、覚えた技法を全部入れたくなった。目を引く見出し、店主の人柄、読者への呼びかけ。ところが店主とは話していない。「きっとこういう思いで店を開いたのだろう」という一段落を消すと、ずいぶん短くなった。
書き終えてからも、講師へ送るまで二日かかった。添付した文章より、「勉強中なので」という断りのほうを何度も直した。
返事には二つの指摘があった。
初めて行く人へ何を知らせたいかが途中で変わっていること。階段の話と座席の話を、読む順番に合わせて並べること。
千佳は、もっと根本的に向いていないと言われる気がしていた。返ってきたのは、今ある文章のどこで読者が迷うかという話だった。足りないことはあった。けれど、新しい講座の一覧を端から埋める必要はなかった。
見せる前には、知識の有無を気にしていた。見せたあとには、何を書くときに、どんな助けが必要かを考えられた。うまくできなかった箇所に名前がつくと、同じ勉強にも使い道が生まれる。
受講済みの資料には、文章の組み立てを扱った章があった。そこだけ読み返すと、前は試験のために覚えた図が、喫茶店の階段と座席の話につながった。
これで応募できると、講師が保証したわけではない。その募集で求められる経験や、仕事を始める際の教わり方は、まだ確かめる必要があった。出来上がった一篇から、働いたときの収入や一日の過ごし方までは分からない。
それでも、求人を見て知らない言葉が出るたび、すべてを次の受講科目にすることは減った。応募時に必要なのか、入ってから教わるのか。この会社では何を任されるのか。分からない箇所を具体的な質問として残した。
新しい講座の申込期限は、翌日だった。千佳は案内を閉じ、直した文章をもう一度読んだ。店の魅力を大げさに書いた一行が、まだ残っている。そこを、実際に座った窓際の席の話へ変えた。
学んだ時間が無駄だったとは思わない。その時間を、これから使ってみたい。次に勉強することは、書いたあとに出てきた問いから選べそうだった。
文章を講師へ送り、保存していた求人も開いた。今度は知らない言葉の横に、応募の条件について聞きたいことを一つ書いた。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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