大学時代の友人から、新しい職場の写真が届いた。
古い椅子が並ぶ小さな工房で、友人は青い作業着を着ていた。経理の仕事を辞め、家具修理の会社へ移ったという。
美紀は『おめでとう!』と送り、拍手する動物のスタンプもつけた。
送信した直後、写真を伏せた。胸の奥に、友人の失敗を少しだけ期待するような感情があった。そんな自分が嫌で、今度は求人サイトを開いた。
検索欄に『家具 未経験』と打ち、途中で消した。椅子を直したいわけではなかった。
写真のどこが痛かったのか
美紀は今の会社に九年いる。仕事はこなせる。強く辞めたい理由も、次にやりたい職業もなかった。
友人の転職先を調べるほど、自分だけが何も選んでいないように見えた。工房の評判が悪ければ少し安心できる気がして、口コミまで読んだ。
翌朝、昨夜の自分を隠したくなった。それでもノートへ、写真の何がうらやましかったのかを書いた。
作業着。手仕事。転職。好きなことを仕事にしたこと。
四つ並べてみると、どれもしっくりこない。友人が以前話していたことを思い出した。退職する前、土曜の修理教室へ半年通っていた。役に立つか分からない時間を、自分の興味へ使っていた。
美紀が痛かったのは、そこだった。自分は何かに興味を持っても、『仕事になる?』『履歴書に書ける?』と先に考え、始める前にやめていた。
友人の仕事を借りない
嫉妬は相手になるための命令ではなく、自分の願いを知る情報として扱える。
そう書くと、美紀は家具修理の求人を閉じられた。友人の職業を借りなくても、自分がうらやましかった体験は残る。
学生のころ、音声を切って短い番組を作るのが好きだった。最近も通勤中にラジオを聞き、話の間や音の入り方を気にしている。けれど、音声編集を仕事にしたいかと聞かれたら答えられない。
そこで、うらやましかった要素を一つ言葉にし、小さく試すことにした。
『役に立つか決まっていないことへ、九十分使う』
日曜の午後、無料の編集ソフトを開き、スマートフォンで録った雨音と自分の声をつないだ。操作が分からず四十分を使い、完成した二分間の音声は音量もばらばらだった。
それでも、終わったあとすぐ次の求人を探したくはならなかった。もう一度やりたいかもしれない、という小さな感覚だけが残った。
二週間後の食事
友人の転職祝いで会った日、美紀は工房の仕事について聞いた。
友人は、覚える道具が多くて毎日怒られていると笑った。給与は前より下がり、腰も痛い。それでも、しばらく続けたいという。送られてきた一枚には写らなかった生活だった。
美紀は音声を作ったことを話した。友人は『向いてるか分かった?』と聞いた。
『全然。でも、もう一回はやりたい』
そう答えると、友人は『私も最初はそれだけだった』と言った。
友人が進み、美紀が遅れているという一直線の図は少し崩れた。友人は新しい場所で初日を重ね、美紀はまだ名前のない興味を試している。外から見える大きさが違うだけで、どちらにも分からない時間があった。
まだ転職理由にはしない
美紀は毎週日曜、九十分だけ音を触るようになった。三回目には面倒で休み、四回目は十五分でやめた。好きなことなら疲れない、という発見にはならなかった。
一か月後、地域の小さなイベントで記録音声を編集する人を募集していると知り、一度だけ手伝うことにした。仕事にするかは決めていない。今の会社も辞めていない。
以前の美紀なら、その曖昧さを何も進んでいない証拠にしたと思う。今は、試したときの自分の反応を集めている途中だと考えている。
友人の写真を見ると、まだ胸がざわつく日がある。相手の勇気を喜ぶ気持ちと、自分も何かを選びたい焦りは一緒に残っている。
ただ、そのざわつきで友人の仕事を検索することは減った。代わりに編集ソフトを開き、前回うまく消せなかった雑音を一つ直す。
嫉妬が教えたのは転職先の名前ではなかった。役に立つか決まる前の時間を、自分にも渡したかった。その願いなら、日曜の九十分から試せた。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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