奈々は、同じ適職診断を十二回受けた。
結果は事務、管理、支援。質問への答え方を少し変えても、似た職業が並んだ。
実際、奈々は事務の仕事が得意だった。表計算の間違いを見つけ、期限を守り、人がなくした書類の場所も覚えている。上司からも頼られていた。
それなのに求人画面で『一般事務』を見ると、また同じ一日が始まるようで指が止まった。診断が間違っているのか、自分がわがままなのか分からなかった。
得意な仕事の中で息が詰まった
奈々の一日は、誰かから届く依頼を順番に片づけることで進んだ。速く正確に終えるほど、次の依頼が増えた。
得意だから疲れないと思われた。奈々自身も、評価されることを手放したくなかった。
一方で、社内の手続きが変わったとき、説明資料を作る時間だけは少し違った。どこで迷うか考え、図を一つ足し、長い文章を短くする。完成後に質問が減ると、もう少し直したくなった。
その経験を仕事の方向とは考えなかった。資料作りも事務の一部であり、職業名にはならないからだ。
ある日、近所の科学館が子ども向け催しの手伝いを募集しているのを見つけた。展示の案内、受付、工作の準備。向いているかは分からない。奈々はノートへ書いた。
『今の感情:事務を選び直すのが怖い。でも、説明を作る仕事は気になる』
『今日選べること:土曜の半日だけ申し込む』
子どもの前では言葉が出なかった
当日、奈々は受付のあと、実験の説明係を任された。
最初の子どもから『どうして色が変わるの?』と聞かれ、頭が真っ白になった。担当者の説明をそのまま繰り返すと、子どもはさらに首をかしげた。後ろには次の家族が並び、奈々は早く交代したくなった。
昼休みには、人前で教える仕事は向いていないと思った。
午後、案内板の文章が長くて読まれていないことに気づいた。担当者へ相談し、余っていた紙へ三つの手順と絵を書いた。子どもたちは案内を見ながら、自分で道具を選ぶようになった。
奈々は閉館後も、矢印の位置をもう少し直したかった。人へ次々話す時間には体が固まり、説明が届く形を考える時間には集中が戻った。
科学館が天職だと分かった一日ではない。得意だと思っていた説明にも、話す、聞く、順序を作る、図にするという違う場面があった。
職業名の前に一場面を持ち帰った
翌週、奈々はまた求人を開いた。今度は職種名だけを見ず、仕事内容の中に『業務手順の設計』『利用者向け資料の作成』があるか探した。
条件のよい求人へすぐ応募したわけではない。収入、勤務時間、通勤距離は生活のために外せなかった。心が動く一場面だけで仕事全体を決めることもできない。
まず、今の会社で新しい社内マニュアルを作る担当へ手を挙げた。三か月だけ関わり、自分がその作業を続けたいか確かめることにした。
初回の会議は長く、担当者同士の調整には疲れた。文章を直す時間は楽しかった。二週目には締め切りが重なり、科学館の日ほど心が動かない日もあった。
仕事の方向は頭の中だけで発見するものではなく、選び、体験し、心の動きを知る中で形になる。奈々が得たのは『この職業が正しい』という答えより、どの場面でもう一度やりたいと思い、どの場面で息が詰まるかという記録だった。
適職診断の結果は消さなかった。正確さや管理の力は、説明資料にも使える。得意なことを捨てる必要はなかった。ただ、得意だから同じ形で使い続けるという決まりもなかった。
奈々は求人の保存欄に、これまで選ばなかった三件を追加した。応募はまだ一件だけ。面接で実際の一日を聞き、違うと思えば次を探す。
向いている仕事の名前は、今も分からない。代わりに、心が少し前へ出た土曜の一場面を知っている。そこから次の体験を選べるようになった。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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