管理人【K】の言葉

「二人のことは秘密にして」と言われた恋で、誰にも相談できなくなったとき

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「今日は、ゆっくり話そうと思って」

友人がそう言ってメニューを閉じたとき、佳奈は少し泣きそうになった。

最近、帰り道で一人になると苦しかった。会っている人のことを、誰かに聞いてほしかった。だから、久しぶりの食事に誘われてうれしかった。

「どう? 最近」

佳奈は水を一口飲んだ。

「仕事が、ちょっと忙しくて」

嘘というほどでもない言葉が、先に出た。話したかった人の名前は、口の中に残った。

二人だけの秘密が、うれしかったころ

「今はまだ、二人のことは誰にも話さないでほしい」

初めてそう言われた夜、佳奈はうなずいた。共通の知り合いが多く、噂になれば会うたびに何か聞かれる。相手は、そういうのが苦手なのだと言っていた。

佳奈も、まだ説明する言葉を持っていなかった。何度も二人で会っている。でも、付き合っているとは話していない。

秘密があることで、少し特別になれた気がした。

集まりのあと、ほかの人とは別々に帰る。少し離れた通りで落ち合い、二人で駅まで歩く。さっきは話せなかったことを、そこで話した。

誰も知らない相手の表情を、自分は知っている。

最初は、それがうれしかった。

けれど、会う予定が流れた夜にも、返事を待ち続けた週末にも、二人のことを知っている人はいなかった。

「元気ないね」と言われても、仕事のせいにした。別の人を紹介しようかと聞かれると、今はそういう気分ではないと答えた。

何も話さないままなのに、取り繕う言葉だけが増えていった。

食事の席で、友人は職場の話を聞いてくれた。佳奈は相づちを打ち、忙しかった一週間を説明した。

相談できる人が目の前にいる。その人とこんなに話している。それでも、聞いてほしいところへ一度も触れないまま、皿が下げられた。

知らせたい相手と、聞いてほしい相手

帰り際、友人が「また話そう」と手を振った。

佳奈はうなずいた。会えてよかったと思った。何も話せなかったことが、帰りの電車で急に重くなった。

相手との写真を人に見せたいわけではなかった。共通の知り合いに報告して、関係をはっきりさせてもらおうと考えているわけでもなかった。

今の自分が、寂しいこと。いつまでこの状態が続くのか分からず、会うたびに聞きそびれていること。それを一人で考えていると、相手の事情を理解できない自分が悪いような気がしてくること。

誰かに聞いてほしかったのは、そこだった。

名前を出せば、友人も知っている人だった。「誰にも話さないで」と言われた以上、少しでも話せば約束を破る気がした。

けれど、何を秘密にすると決めたのか、佳奈は詳しく聞いていなかった。

会っていることなのか。相手の名前なのか。関係について悩んでいることまでなのか。

あの夜は、うなずけば二人の時間が続くと思っていた。苦しくなった自分が、誰に何を話せるかまでは考えていなかった。

相談した話が広がる怖さもあった。信頼している人でも、同じ交友関係の中なら、小さな手がかりで相手に気づくかもしれない。会話の画面を見せれば、自分の気持ち以外の情報まで渡してしまう。

佳奈は、転送しようとして開いたメッセージを閉じた。

代わりに、友人へ送るつもりの言葉を短く書いた。

「関係をどう考えたらいいか迷っている人がいる。相手が誰かは話さずに、自分が今しんどいことを聞いてほしい」

それだけでも、佳奈が話したかったことは残っていた。

話さない約束に、自分の苦しさまで入れない

次に会ったとき、佳奈は秘密の範囲について尋ねた。

「誰にも話さないって、どこまでのことを考えてた?」

相手は、共通の友人に知られたくないと言った。まだ関係を決めていない段階で、周りから恋人のように扱われるのは困るのだという。

佳奈は、それを聞いて悲しくなった。二人だけの特別な関係だと受け取っていた言葉に、相手は違う意味を込めていた。

すぐには返事ができなかった。

相手の考えを聞けたからといって、納得できるとは限らなかった。自分はもう、今のまま会い続けることを軽く考えられなくなっていた。

「私は、誰にも話せないのがつらくなってる。二人で会っていることを周りに知らせるつもりはない。でも、名前やあなたの事情を出さずに、自分の悩みを信頼している人へ相談したい」

相手は少し考えて、「それでも、誰か分かるんじゃない?」と言った。

佳奈にも、その心配は分かった。秘密は一度話せば、話す前の状態には戻せない。

そこで、共通の知り合いではない姉に話すことを考えた。名前や勤務先、会う場所は伏せる。写真やメッセージは見せない。詳しい出来事をすべて再現するより、今の関係で何に困っているかを話す。

相手は「それなら」と答えた。佳奈は少し安心した。同時に、相談できる相手ができても、二人の関係が決まったわけではないことも分かっていた。

もし、誰かに悩みを話すことまで一切認めないと言われていたら、佳奈は今の約束のまま会い続けられるか、改めて考えるつもりだった。誰にも頼れない状態が続くことも、関係を選ぶうえで見過ごせない問題になっていた。

帰宅後、姉に電話した。

「仕事の話?」

佳奈が最近忙しいと言っていたので、姉はそう聞いた。

「今日は、別の話」

そこまで言うと、言葉が詰まった。姉は続きを急かさなかった。

佳奈は、会うとうれしい人がいることから話した。その人と別れたあと、寂しくなることも話した。続けたい気持ちと、このままはつらい気持ちが、一度の電話の中に両方出てきた。

姉は、相手の名前を聞かなかった。「どうしたらいいと思う?」と尋ねても、すぐには答えが返ってこなかった。

それでも佳奈は、仕事が忙しいからだと言い直さずに、最後まで話した。

電話を切っても、あの人との関係に答えが出たわけではなかった。それでも、名前を明かさずに、自分が寂しいことは話せた。

二人の関係を周囲に知らせたいのではなかった。苦しくなったとき、誰かに聞いてほしかった。

佳奈は姉に「また迷ったら、聞いてくれる?」と送った。今度は、仕事の話に置き換えなかった。


本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。

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