管理人【K】の言葉

付き合っていないのに嫉妬されると、期待してしまう

ログインしてブックマーク

「その人と、二人で行くの?」

週末の予定を話したとき、蓮の声が少し変わった。真帆は、学生時代の男友達と展覧会へ行くつもりだった。気になっていた作家の展示で、前から約束していた。

「そうだけど」と答えると、蓮は「ふうん」とスマートフォンに目を落とした。

真帆は困った。それと同時に、少しうれしかった。

蓮とは半年ほど、二人で会っている。手をつないで歩くこともある。でも、付き合いたいと伝えたときには、「今はまだ、そういうのを決めたくない」と言われた。

それなのに、ほかの男性と出かけると知って、不機嫌になる。

もしかしたら、口にしないだけで、自分を恋人のように思っているのかもしれない。真帆はその夜、展覧会を断る理由を考え始めた。

嫉妬されると、答えをもらった気がした

翌朝になっても、蓮から連絡はなかった。いつもなら届く、仕事へ行く前の短いメッセージがない。それだけで、昨日の約束を取り消せば戻る気がした。

行くのをやめたと伝えたら、喜んでくれるだろうか。安心して、ちゃんと付き合おうと言ってくれるだろうか。

そこまで考えて、真帆は自分が何を待っているのかに気づいた。展覧会の話をしているつもりで、交際の返事を待っていた。

曖昧な関係では、嫉妬がはっきりした好意に見えることがある。普段は聞けない「自分だけを見てほしい」が、態度の隙間から見えた気がする。相手の気持ちが分からずにいた分、その反応を大事にしたくなる。

ただ、その人が誰かに取られたくないと感じることと、二人でどんな関係を引き受けるかは、まだ話されていない。好意があるのかもしれない。不安なのかもしれない。その気持ちの名前をこちらで決めても、交わしていない約束は残る。

真帆が展覧会を断れば、今回の不機嫌は収まるかもしれない。けれど、次に誰かから誘われたとき、また蓮の顔を思い浮かべて決めることになる。交際の返事はないまま、避ける予定だけが増えていきそうだった。

「嫌なんだね」の先を聞く

次に電話したとき、真帆は尋ねた。

「この前、二人で行くって聞いて、嫌だった?」

蓮は「まあ、面白くはないよね」と答えた。

その声に、真帆はまた少しうれしくなった。ここで「じゃあ、行かない」と言えば、欲しかった空気に戻れる。けれど、今度は続けて聞いた。

「私はあなたと付き合いたいと思ってる。ほかの人とは恋愛を進めないって、お互いに約束するつもりはある?」

蓮は黙ってから、「付き合うかは、まだ分からない。でも二人で会うのは嫌だ」と言った。

真帆は、思っていたより悲しかった。嫉妬してくれることを、もう答えだと思いかけていたからだ。

しかも、聞かれていたのは恋愛の話だった。展覧会へ行く相手は友人で、真帆に交際する気持ちはない。蓮が嫌だと言う範囲には、友人と過ごす時間まで入っていた。

「恋人になっても、友達と会うことは続けたい。そのたびに、やめて安心させる付き合い方は、私は続けられない」

声にすると、関係が遠のく気がした。言わなければ、来週も楽しく会えたかもしれない。

相手の不安を知ると、和らげたいと思う。その気持ちも親しさの一部だろう。けれど、安心してもらうために差し出すものが、いつも自分の予定や交友関係になるなら、会っている時間の優しさだけでは支えきれなくなる。

二人でほかの人との恋愛を控えると決めることもある。ただし、何を控えるのか、双方が同じ意味で選んでいるかを話す必要がある。恋人という名前をつければ、友人との外出まで一方が決められるようになるわけでもない。

蓮は「そんな堅い話にするつもりじゃなかった」と言った。真帆は、その返事で話を畳みたくなった。それでも、もう展覧会を断る文章は送らないと決めていた。

「私は、予定を取り消そうか考えるくらい気になった。だから、曖昧なままにはできなかった」

電話のあと、次に会う約束はいったん見送った。蓮から誘われれば、また迷うと思う。寂しさもあった。関係をはっきりさせるために話したのに、前より心細くなった。

それでも、蓮の不機嫌を喜びへ読み替えて待つ夜とは、少し違っていた。自分が望む交際と、続けられない付き合い方を、同じ会話で伝えた。

誰かに嫉妬されたあと、取り消そうとしている予定があるなら、何を約束したことになっているのかを一度確かめたい。断ることで、言葉になっていない交際の返事を得ようとしていないだろうか。相手にも同じ約束を尋ねられるだろうか。

展覧会の日、真帆は入口でチケットを出した。見たかった絵の前に立っても、蓮のことは思い出した。楽しめば忘れられるという一日にはならなかった。

帰り際、ショップで蓮の好きそうな絵はがきを見つけ、手に取った。少し眺めて棚へ戻した。まだ好きなのだと思った。その気持ちを持ったまま、今日は自分が行きたかった場所へ来ていた。

本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。

ログインしてブックマーク
管理人 【K】

WORDS LEFT HERE

この記事を読んで、心に残ったこと

答えや助言でなくても大丈夫です。 あなたの言葉は確認後、こよりがそっと届けます。