朝八時を過ぎても、電話は鳴らなかった。
恵子は洗濯物を干し終え、ソファに座った。今日は母の家へ行く日ではない。明日も、明後日も、着替えを届ける予定はない。
窓から入る風が気持ちよくて、少し目を閉じた。
こんな朝は久しぶりだと思った直後、胸のあたりが冷えた。母が亡くなって二か月しかたっていないのに、自分は楽になったと感じている。
立ち上がって、もう乾いている台所の布巾を洗い直した。
電話が鳴らない朝
恵子は、四年ほど母の介護に通っていた。訪問のサービスを利用し、弟が来る日もあった。それでも連絡は、まず近くに住む恵子へ入った。
食事が残っていると聞けば、昨日は何を食べただろうと考えた。夜に着信があれば、画面を見るより先に立ち上がった。友人と会っていても、携帯電話はかばんにしまわず、膝の上に置いていた。
母と過ごす時間には、いつも何かを確かめる用事があった。冷蔵庫、薬の袋、郵便受け。話の途中でも、次にすることを頭の中で探していた。
いま、その確認をしなくて済む。
恵子が朝に感じた軽さには、鳴るかもしれない電話を待たずに座っていられる、という具体的な理由があった。けれど自分を責めるときには、その理由が消えて、「母がいなくなってうれしい娘」という一言になってしまった。
会えなくなった人への気持ちと、終わった世話への気持ちは、同じ言葉に収まりにくい。母の声を聞きたい。今日は呼び出されずに過ごしたい。介護のあとに残る思いには、そんな二つが並ぶこともある。
話しかけたい人は、もういない
その週、テレビで古い歌番組を見た。
若いころ母が好きだった歌手が、当時と同じ身ぶりで歌っていた。恵子は笑い、携帯電話へ手を伸ばした。「いま、テレビつけて」と言いかけて、手が止まった。
歌が終わっても、しばらく画面を見ていた。
母の家へ通っていたころ、同じ話を何度もされると、恵子は「それ、聞いたよ」と遮ることがあった。座って歌番組を見るより、用事を済ませて帰りたかった。あのときあと十分座っていれば、と今は思う。
その後悔まで、朝の安堵を打ち消す材料にしてしまいそうだった。これほど寂しいのだから、自分は冷たい娘ではなかった。そう確かめたくなる。
笑えた日もある。ぐっすり眠れた朝もある。悲しんでいるかどうかで母への気持ちを確かめ続けると、そんなひとときのあとまで、自分を疑うことになってしまう。
介護をしていた年月には、面倒だと思った日も、言い方を悔やむ日も、母と笑った日もあった。いま浮かんだ一つの感情で、その全部を採点し直すのは苦しい。
恵子には、母に言い直したい言葉が残っている。同時に、もう夜の電話を気にしなくて済むことに、ほっとしている。その両方を抱えたまま、母の好きだった歌を最後まで聞いた。
「楽になった」の続きを話す
弟が書類を取りに来た日、恵子は「あっという間だったね」と言った。弟も、そうだねと答えた。
それで話が終わりそうになってから、恵子は口を開いた。
「朝、予定がないと、ほっとするんだよね。それが、何だか嫌で」
弟は少し黙って、「俺は、実家に電話しようとして気づくことがある」と言った。
恵子にも、その寂しさはあった。ただ、いま話したかった気持ちは、まだ言えていなかった。
「私も声は聞きたい。でも、電話が鳴ったら何かあったのかと思ってたから。いまは、買い物の途中で戻らなくてもいいんだって、安心する」
弟は「そっか」と答えた。「出かけてても、ずっと気にしてたんだね」
同じ母を見送っても、離れて暮らす弟と、通い続けた恵子には、それぞれに終わった日常があった。弟に同じ安堵を感じてもらうことまでは求められない。それでも、何から力が抜けたのかを話すと、少し伝わった。
「楽になった」と感じたとき、その先にある具体的なことまでたどってみる。着信のたびに身構えなくなった。出かける前に、代わりに動ける人を探さなくなった。食事を途中で置かずに済んだ。
そうして言葉にすると、自分が長いあいだ何を気に掛けていたかが見えてくる。誰かに話しにくければ、まず自分の中で、ほっとした場面を一つ思い返すところから始められる。寂しさが出てこない朝にも、気が抜けた理由はある。
弟が帰ったあと、恵子は洗濯物を取り込んだ。母の家で洗うものがなくなって、かごは前より軽かった。
畳みながら、夕方の歌番組を見ようと思った。また母に電話したくなるかもしれない。途中で眠ってしまうかもしれない。
リモコンをソファの脇へ置いた。台所の布巾は乾いていた。今日はそのままにして、放送が始まるまで座って待った。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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