管理人【K】の言葉

お経の意味が分からなくても唱えてよいのか、無理のない信仰の形を考える

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母が入院した夜、奈津子は仏壇の引き出しから薄い経本を出した。

祖母が生きていたころ、毎朝読んでいたものだった。節のつけ方は少し覚えている。けれど文字の半分は読めず、読めるところも意味を説明できなかった。

母の手術がうまくいってほしい。そう願って開いたのに、意味も知らずに唱えるのは失礼な気がした。奈津子は解説を検索し、難しい言葉を三ページ読んで、さらに分からなくなった。

分かってから読もうとした

奈津子はノートへ言葉の意味を書き写した。宗派の歴史も調べた。知ることは必要だと思う。自分に都合のよい解釈を、本来の教えのように話したくもなかった。

それでも、その夜の頭には何も残らなかった。病院から来る電話、翌日の仕事、母が最後に言った『大丈夫』が何度も割り込んだ。

理解できない自分には、祈る資格もないように感じた。経本を閉じると、今度は何もしない自分が母を見捨てている気がした。

唱えれば手術が成功する、と考え始めれば、読めなかった一行や雑念まで母の結果へ結びついてしまう。奈津子が今できる現実のことは、病院からの説明を聞き、必要な荷物を準備し、自分も眠ることだった。

経文は、その代わりにはならない。

心は座ってくれなかった

午前零時を過ぎ、奈津子は座布団へ座った。理解を終えることも、信じ切ることも諦めた。

今夜の自分に無理のない一行だけを声にする。

祖母の声で覚えている箇所を選び、ゆっくり読んだ。途中で息が足りなくなり、音も外れた。読み終えても、母への不安は同じ場所にあった。

もう一度読むと、今度は自分の声が部屋の壁へ返ってきた。背中が丸まっていることに気づき、座り直した。三度目は読まなかった。回数が足りないと手術へ何かが起きる気がして、怖くなったからだ。

奈津子は経本を開いたまま、『今日はここまで』と声にした。

理解や信仰を心へ強制せず、身体と声が心の到着を待つ行為として経文を読む。心は最後まで静かにならなかった。ただ、座布団へ座り、声を出した体は、散らばったままの心を追い立てずに待っていた。

翌朝に残ったもの

朝六時、病院から手術時刻の確認が来た。奈津子は昨夜の一行が母を守ったとは言えないし、読まなければ悪い結果になったとも思いたくなかった。医師へ聞くことを紙に三つ書き、母の眼鏡を鞄へ入れた。

病室で母は『ちゃんと寝た?』と聞いた。奈津子は少しだけ、と答えた。経文を読んだことは話さなかった。

手術を待つ廊下で、昨夜の音が口の中へ戻ってきた。声には出さず、呼吸の長さだけを思い出した。スマートフォンで結果を検索し続ける手を一度止め、看護師から説明を聞いた。

その日の出来事を経文の力で説明するつもりはなかった。意味の分からない言葉に助けられた、と断言することもできない。

それでも奈津子には、分からないまま一行を声にした夜が残った。何かを信じ切れない自分も、母を救えない自分も、そこから追い出されなかった。

母の退院後、奈津子は経本を祖母の引き出しへ戻さず、自分の本棚へ置いた。毎日は読まない。意味を知りたい日は解説を開き、疲れた日は一行で閉じる。何も感じない日は、何もしない。

言葉を支配するほど理解していなくても、今夜の身体を置き、声を出し、遅れてくる心を待つことはできる。奈津子にとって経文は、結果を買うための回数ではなく、その短い時間を作るものになった。


本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。

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