社内の異動希望調査が、未回答のまま残っていた。
締め切りは今日。
希望するに丸をつければ、上司に理由を聞かれる。今のチームが嫌なのかと思われるだろう。忙しい時期に抜けることを、無責任だと言う人もいるかもしれない。
かといって「希望なし」を選ぶと、また一年ここにいる未来が決まるようで指が止まる。
会社を辞めたいと何度も思った。
でも本当に離れたいのは、この会社なのだろうか。それとも、毎朝同じ扉の前で感じる緊張なのだろうか。
つらさを会社全体の問題にすると、動けなくなる
苦しい日が続くと、「この仕事は自分に合わない」と大きな言葉でまとめたくなる。
職種が合わない。会社が合わない。働くことそのものが向いていない。
大きくまとめれば説明は楽になる。でも、変える対象も大きくなり、退職しか道がないように見える。
少し細かく見る。
仕事内容は嫌いではない。依頼されたものを作る時間には集中できる。苦しいのは、朝会で突然進捗を責められること、夜にも上司から連絡が来ること、誰に質問しても「自分で考えて」と返されること。
もし人と運用が変われば、同じ仕事を続けたい自分がいるかもしれない。
反対に、どの部署へ行っても同じ評価制度や働き方なら、場所を変えるだけでは足りない。
辞めるか耐えるかの前に、何を残したくて、何を変えたいのかを分ける。
異動は負けた人がするもの、という物語
今の場所で認められてから動きたい。
成果を出せないまま異動すれば、逃げたことになる。苦手な上司とも働けなければ、どこへ行っても同じだ。
そう考え、もう少しだけ頑張る。
けれど、合わない環境で自分を消耗させることが、必ず成長になるとは限らない。
苦しさから学べることはある。伝え方、守り方、自分の限界。
同時に、苦しみが長く続けば、学ぶ力そのものが失われることもある。
逃げるという言葉には、「本当は向き合うべき場所から背を向けた」という意味が含まれる。
では、自分が本当に向き合いたいのは何だろう。
上司に勝つことか。この部署で評価を取り戻すことか。それとも、自分の力を使える働き方を選ぶことか。
場所を変えることが、自分の願いへ向き合う選択になる場合もある。
希望を出す前に、知らない場所を知る
異動先の名前だけで救いを想像すると、移ったあとに別の苦しさが見つかることがある。
仕事内容、忙しい時期、上司の考え方、在宅勤務、評価のされ方。外から見た印象と、実際の一日は違う。
信頼できる人に話を聞く。社内公募の説明を見る。希望先で働く人へ、よいことだけでなく大変なことも尋ねる。
情報を集めることは、異動すると決めることではない。
自分がいま苦しさから逃げたいだけなのか、新しい場所で試したいことがあるのか、その両方なのかを確かめる時間になる。
「いまの部署では質問できずに困っている。次は相談の仕組みがある場所で働きたい」
そう言葉にできれば、異動理由は誰かへの告発だけではなく、自分が必要とする条件になる。
残る場合にも、選んだという感覚を持つ
調べた結果、今年は異動しないと決めることもある。
生活上の都合、希望先の状況、今の仕事で終えたいこと。残る理由が見つかるなら、それは無理に耐え続けることとは少し違う。
ただし、残ると決めた自分へ、無期限の我慢を命じない。
半年後にもう一度考える。夜の連絡について相談する。社外の求人も見る。体調が悪化したら休む。
残る選択にも、見直す時期と境界を置ける。
会社に忠誠を感じなければならないわけではない。働き続けたいと思える関係や環境を、会社の側も作る責任がある。
権限のある人へ敬意を払うことと、自分の生活を差し出すことは同じではない。
丸を一つつけることは、人生の判決ではない
締め切りの少し前、「異動を希望する」に丸をつけた。
送信したあと、胸が軽くなるより先に怖くなった。
本当に動けるとは限らない。上司との面談で言葉に詰まるかもしれない。希望が通らないこともある。
それでも、今の場所しかないという現実に、別の可能性を一本加えた。
異動は、今までを失敗と認める行為ではない。ここで覚えたことを持ったまま、違う環境で自分がどう働くか確かめる選択だ。
仕事を続けるか迷うとき、会社を出ることだけが変化ではない。
机の位置、人の組み合わせ、役割、働く時間。同じ会社の中にも、違う一日があるかもしれない。
まず変えたいものの大きさを、自分の苦しさに合わせて測り直す。
逃げかどうかを他人の言葉で決めるより、その選択によって、どんな一日を生きたいのかを見る。そこからつけた丸なら、自分の意志として持っていける。
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