「また三日坊主になるんじゃない?」
久しぶりに集まった席で、真帆は笑いながら言った。友人の沙紀が、週末に陶芸を習い始めたと話したときだった。
学生の頃、沙紀が買ったまま使わなかったランニングシューズのことを、二人は何度も笑い話にしてきた。その続きのつもりだった。周りも笑った。沙紀は「まあね」と言い、それから出来上がった器の写真をしまった。
帰り道に送った「今日は楽しかったね」へ、翌朝になっても返事がない。真帆は写真をしまった手を思い出した。あの一言が嫌だったのかもしれない。そう思うと、昨日の楽しさが急に頼りなくなった。
「そんなつもりじゃなかった」の先に
謝る文章を書き始めると、説明ばかりが長くなった。
「昔からああいう冗談を言っていたし、私も自分の失敗を話したし、みんなで盛り上がりたかっただけで」
どれも嘘ではなかった。沙紀を嫌っているわけがない。長い付き合いの友人を、わざと傷つけるような人だと思われたくなかった。
傷つけたかもしれないと気づくと、自分の善意を分かってもらうことへ急ぎたくなる。大事な友人ほど、悪く思われる怖さも大きい。その怖さで言葉を足していくうちに、謝るはずの文章が、自分を弁護する文章になる。
沙紀が器を見せようとしていた時間に、真帆が持ち出したのは昔の失敗だった。今やっていることを話したかった人へ、「また続かない人」という見方を渡してしまった。その場で笑ったから平気だった、とも言い切れない。会話を止められずに合わせた可能性もある。
真帆は説明の段落を消した。
「昨日、陶芸の話に三日坊主って言ったこと、ごめん。始めたばかりのことを、みんなの前で笑い話にした。これからあの話を冗談に使うのはやめる」
送る前に、「怒ってる?」を最後に足しかけた。返事をもらえば安心できる。でも、その安心のために沙紀へ機嫌を説明させることが、今いちばん伝えたいことなのか。しばらく迷って、その四文字は入れなかった。
謝ったあとにも自分のすることが残る
二日後、沙紀から返事が来た。
「今回は続いてるから、少し見てほしかった。まだ普通に話す気にはなれない」
真帆は胸が詰まった。返事が来たことはうれしいのに、元に戻れないことが怖かった。「そこまで嫌だったとは知らなかった」と送りたくなり、また画面を閉じた。
謝罪を送ると、心のどこかで関係が戻るのを待ってしまう。勇気を出して謝ったぶん、相手からも何か返ってきてほしくなる。けれど、謝った側がひと区切りをつけた時点で、傷ついた側の気持ちまで片づくとは限らない。
沙紀がすぐ笑ってくれない時間を、真帆も過ごすことになった。謝罪を重ねて返事を催促すれば、沙紀は真帆を安心させる役まで担うことになる。
「見てほしかった話を止めたんだね。伝えてくれてありがとう」
そう返して、次に会う日を決める話はしなかった。
数日後、あの席にいた別の友人が、グループの会話で陶芸のことを「今度は何日続くかな」と書いた。真帆は一瞬、何も言わずに流したくなった。自分が作った笑いの流れを、自分で止めるのは気まずかった。
「そのいじり、私が始めたけどやめよう。沙紀がやっていることを軽く扱ったと思う」
沙紀から届いた返事の内容は書かなかった。傷ついたと打ち明けた言葉まで、別の人へ説明する材料にはしたくなかった。
言葉を訂正することには、こういう居心地の悪さが残る。謝った自分を分かってもらえなくても、同じ笑い方に加わらない。友人の反応を待つあいだにも、自分の振る舞いは変えられる。
もし謝りたい相手がいるなら、文章に書いた事情説明を読み返すところから始まることもある。自分が何を言ったのか、その場で何をしてしまったのか。これから何を繰り返さないのか。そこが見える文章なら、相手はまず謝罪そのものを受け取れる。受け取ったあとにどうするかは、相手の時間に残る。
翌月、沙紀が小さな青い皿の写真を載せた。真帆は「上手になったね」と書きかけて、まだ前のように何でも言えるつもりでいたことに気づいた。
皿の縁には、少し濃い青がたまっていた。写真を眺めているうちに、あの日もこうして見たかったのだろうと思った。
二人が次に会う約束は、まだない。真帆は仲直りを求めるメッセージを続けて送らず、その青い色をしばらく見ていた。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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