同窓会の出欠を返す前に、修一は参加者の名前をもう一度見た。
以前、妻に隠れて会っていた人の名前がある。
二人きりで会うつもりはない。連絡を取り合ってもいない。ただ、妻にこの名前を伝えれば、せっかく落ち着いてきた家の空気が変わる。それを思うと、返信の手が止まった。
「来月、同窓会なんだ」
夕飯のあと、そこまで話した。妻は「そう。何時から?」と聞いた。
普通の声だった。その声を聞いて、言わずに済ませたい気持ちが強くなった。
穏やかな顔を曇らせたくない
裏切りが分かってから数年がたち、二人はまた、帰りに買うものを頼み合うようになった。冷蔵庫の残り物で笑う夜もある。取り戻したその暮らしを、修一は失いたくなかった。
今さら心配を増やす必要があるだろうか。何も起こさず帰ってくれば、妻が悲しむこともない。
そう考えてから、修一は参加者の一覧を閉じた。
心配をかけたくないという気持ちには、相手を思う部分もあると思う。同時に、問い返される時間や、がっかりした顔を見る苦しさから、自分を遠ざけたい気持ちも混じる。どちらか一方だけだと言い切れないところが、隠す理由をもっともらしくする。
修一は、何も起こらないと自分では決めていた。けれど妻は、その人が来ると知らないまま「楽しんできて」と言うことになる。
あとで写真にその姿が写っていたら、妻は何を悲しむだろう。同じ席にいたことに加えて、夫が知っていて話さなかった時間も、確かめ直すことになるのではないか。
何もなかったという説明だけでは、その時間の食い違いは埋まらない。
裏切りのあと、二人がようやく話せるようになった暮らしで、片方だけが事情を選んで渡している。そのことに、修一は気づきたくなかったのかもしれない。
話したあと、安心してもらえるとは限らない
翌朝、出欠の返事をする前に、修一は妻に声をかけた。
「昨日、同窓会の話で言っていなかったことがある。あの人も来ると、参加者の一覧で分かった」
妻は、持っていたカップを置いた。
「昨日は、もう知ってたの?」
「知ってた。心配させたくないと思った。でも、聞かれるのが怖かったのもある」
ここで「ちゃんと話したんだから」と続けたくなる。正直に話した自分を認めてもらい、今度こそ会話を穏やかに終えたくなる。
けれど、伝えるかどうかを迷っていた時間が妻に分かるのは、今だ。修一の中で済んだためらいを、妻はこれから受け止める。二人は同じところから話し始めていない。
「何もないから大丈夫」と先に結んでしまえば、妻がどう感じ、何を知りたいかを話す余地まで狭くなる。
妻は、少し黙ってから言った。
「行くことは、もう決めたの?」
修一はまだ返事をしていないと答えた。二人きりで会う予定はないことも伝えた。席の並びは知らなかったので、そこは分からないと言った。
妻がその場で安心することはなかった。修一も、話した以上は気持ちよく送り出してほしい、というところまで求めないようにした。
信頼を損ねたあとに事実を伝えることは、相手の反応をうまく整える仕事にはできない。怒りや落胆が返ってくる可能性を残したまま、相手も事情を知って考えられるようにする。その不自由さを引き受けるところに、以前とは違う振る舞いがある。
二人の約束に照らして考える
何もかも報告する暮らしになれば、また別の苦しさが生まれる。日々出会った人の名前や、頭に浮かんだ考えまで差し出し続けることを、誠実さの条件にはしたくない。
修一たちには、以前の相手から連絡があったら知らせる、という約束があった。同窓会で顔を合わせる場合は、話していなかった。
直接の連絡ではないから言わなくて済む、と修一は考えかけていた。だが、その約束を二人で決めたとき、妻が何を知りたがっていたかを思い出すと、文言に当てはまるかだけでは片づかなかった。
自分から連絡をしなくても、顔を合わせる予定を知ったときはどう扱うか。すでに決めた予定の説明だけを渡すのか、返事をする前に話すのか。今回の出来事で、それまで曖昧だった部分が見えた。
妻は「今朝すぐには決められない」と言った。
修一は返事の締切が日曜であることを伝え、土曜の午後にもう一度話すことになった。同窓会へ行きたい気持ちも口にしたが、妻にその場で賛成する返事を迫るのはやめた。
話しても、意見が合うとは限らない。約束そのものを続けられないと感じるなら、その変更を相談する必要もある。黙って例外を作ると、相手は古い約束が続いているつもりで暮らすことになる。
今、伝えそびれていることがあるなら、相手を心配させるかどうかに加えて、その事実が二人のどの約束や予定に関わるかを考えたい。自分がすでに知っていること、まだ分からないこと、これから決めること。その違いを崩さず話すところから、会話は始められる。
相手の私生活を無制限に調べることや、怒鳴って従わせることまで、この話で正当化されるわけではない。事情を伝え合うことと、恐怖で行動を決めさせることは区別しておきたい。
出欠の画面は、まだ開いたままだった。
修一は「楽しんできて」と言われたかったのだと思う。でも、今朝はその返事を先に手に入れずに、話すことを選んだ。
妻が流しへ運んだカップには、飲み残しが少しあった。昨日までと同じ朝にはならなかった。その違いを、今度は二人とも知っていた。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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