二度目の食事から帰った夜、拓海からメッセージが届いた。
『今日は楽しかった。来週も会いたい』
紗月は画面を見て笑った。自分も楽しかった。駅で別れたあと、もう少し一緒にいたかったと思っていた。
五分後、文末の丸が急に重く見えた。店で何度も水を飲んでいたこと、シャツの袖が少し長かったことまで気になり始めた。
『しばらく忙しい』と返す理由を探し、翌朝まで既読をつけなかった。
好意が届いたあとに欠点が増えた
拓海の気持ちが分からなかった間、紗月は会いたいと思えた。返信が遅い日は落ち込み、次の誘いを待った。
相手からはっきり好意が届くと、今度は離れたくなった。もっと近づけば、自分の弱いところを知られる。大切に思ったあとで、急にいなくなるかもしれない。
三年前、付き合っていた人から理由をほとんど告げられず連絡を切られた。前日まで次の旅行を話していた。その経験のあと、紗月は相手が深く入ってくる前に欠点を見つけるようになった。
恋の始まりに距離を置く反応は、愛せない証拠ではなく自分を守ってきた動きでもある。袖の長さを気にする自分を責めると、怖さを隠すためにさらに相手を嫌いになる気がした。
ただ、守ろうとしていることと、拓海に本当に違和感があることは、まだ分けられなかった。
一時間の約束に縮めた
紗月は『付き合うか』『もう会わないか』を考えていた。どちらも大きすぎて、返事ができなかった。
そこで次の約束を未来の決断ではなく、もう一度会う選択として考えた。
『私も楽しかった。ゆっくり知りたいから、来週は土曜の昼に一時間くらいお茶しない?』
送ると、拓海から『もちろん。無理のない時間で』と返ってきた。安心した直後に、今度は優しすぎて信用できないと思った。紗月はその反応も、今夜の答えにはしなかった。
土曜、二人は駅前の喫茶店で会った。紗月は、長い時間を約束すると不安になることを詳しい過去までは話さず伝えた。拓海は理由を聞き出そうとせず、五十分で会計を頼んだ。
その態度を見ても、全面的に信じられたわけではない。一度境界を守ったという事実が一つ増えただけだった。
好かれたあとも選び直せた
三度目に会ったあと、紗月は拓海の話し方で気になるところを見つけた。店員が注文を間違えたとき、少し強い声になった。
以前なら、怖さのせいだと片づけて我慢するか、やはり全部だめだと連絡を切っていた。今回は『さっきの言い方が少し怖かった』と伝えた。
拓海は驚き、言い訳をしてから謝った。その後の態度を見る必要があると思った。謝った一度で安全な人と決めることも、強い声の一度で関係全体を決めることもしなかった。
次の週は会わなかった。紗月が一人で過ごしたかったからだ。拓海は残念そうだったが、予定を迫らなかった。
恋が始まったと言えるのか、紗月にはまだ分からない。会いたい日と、距離を取りたい日がある。次の一回を選んでも、その先をすべて約束したことにはならない。
好かれた瞬間に逃げたくなる反応は、今も消えていない。けれど反応が出たらすぐ扉を閉めるほかに、幅を小さくして開ける選択も持てた。
拓海がその幅を尊重しない日が来れば、紗月は離れられる。自分が本当に会いたくないと分かる日にも、断れる。好きになったあとも、自分の選択は残る。
次の約束は、日曜の午後に四十分だけだった。紗月は未来の関係を決めず、その一回に行きたいかを考えて、『会いたい』と返した。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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