夢の中で、別れた恋人が駅のベンチに座っていた。
由衣が近づくと、相手は少し笑って『遅かったね』と言った。怒っている様子はない。隣には、以前よく飲んでいた缶コーヒーが二本置いてあった。
由衣が何か答えようとしたところで目が覚めた。午前四時十七分。胸には、会えたうれしさより先に、深く息を吐けるような安心が残っていた。
スマートフォンを手に取り、半年前に止まった会話を開いた。
検索するたび伝言が変わった
『別れた人 夢 再会』と検索した。
あるページには復縁の予兆とあり、別のページには未練の整理とあった。動画では相手も会いたがっている可能性があると言っていた。見続けるほど、夢の意味は増えた。
由衣は『遅かったね』を、相手が待っている証拠にしたくなった。あの一言なら、連絡する理由にできる。
現実では、最後に『もう連絡はしないでほしい』と言われていた。別れたあと何度も理由を聞き、相手からそう返された。夢を見た朝にも、その言葉は消えていない。
由衣は入力欄へ『夢に出てきた』と打ち、送らずに閉じた。夢が何だったのかは分からない。記憶が作ったのか、願いが見せたのか、自分には説明できない何かだったのか。どの答えを選んでも、現実の相手が示した境界まで書き換えることはできなかった。
内容の代わりに感情を一つ書いた
朝になっても、夢の細部を忘れたくなかった。駅名、服の色、声の高さ。ノートへ書くうち、相手が他にも何か話していた気がしてきた。
『待っていた』だったかもしれない。『もう大丈夫』だったかもしれない。思い出そうとするほど、欲しかった言葉が夢へ混ざった。
由衣はページを替えた。夢の内容ではなく、目覚めたあと残った感情を一つ書く。
『安心した』
なぜ安心したのかを考えると、夢の相手が自分を責めなかったからだと思った。別れたころの由衣は、謝れば戻れる気がして何度も連絡した。返事が来なくなると、自分がすべてを壊した人間のように感じた。
夢の中で許された、と決めることはできない。それでも、許してほしかった自分がいることは分かった。
夢を相手の心の証明にせず、目覚めた自分に残った感情として受け取る。そうすれば『安心した』を、相手へ連絡する命令から、今の自分が必要としているものへ戻せた。
朝の予定へ戻る
由衣は送らなかったメッセージをノートへ写した。
『夢に出てきた。会えてうれしかった。あのとき何度も連絡してごめん。返事はいらない』
最後の一文を見て、本当は返事が欲しいと思った。だから手紙は送らず、ノートに残した。
昼休み、姉へ電話した。別れの詳しい話はせず、『今日は少し一人でいたくない』と伝えた。姉は仕事帰りにうどんを食べようと誘った。
夢の意味が解けたわけではない。相手が訪れた可能性を大切に思う日もあれば、自分の記憶が作った場面だと思う日もある。どちらの日にも、相手へ連絡しない選択は同じだった。
夜、姉とうどんを食べながら、由衣は夢の話をした。姉は『よかった夢だったんだね』と言った。予兆かどうかは聞かなかった。
帰宅すると、駅のベンチの輪郭はもう薄くなっていた。『遅かったね』という声だけは覚えている。
由衣はそれを復縁の約束にしなかった。朝、自分が安心したことを知った。その安心を現実の誰かと食事する一日に少しだけ移した。夢から持ち帰ったのは、そこまでだった。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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