管理人【K】の言葉

相手の気持ちが分からず誘えないとき、小さく声をかける

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亜希は、同じ部署の藤田が自分にだけ優しいのか知りたかった。

会議が長引いた日は「おなか空いたね」と小声で言う。コピー機が詰まると、呼ばなくても直しに来る。亜希が一度話した喫茶店の固いプリンも覚えていた。

「駅の向こうに、似た店ができたらしいよ」

そう言って、藤田は店の写真を見せた。

その夜、亜希は友人の麻衣へメッセージを送った。

『これって一緒に行きたいって意味かな』

麻衣からは『本人に聞けば』と返ってきた。亜希はスマートフォンを伏せた。聞けるくらいなら、三週間も同じ写真を見返していない。

絵文字の数まで証拠にした

藤田から仕事の連絡が来ると、亜希は返信までの時間を覚えた。文末に「!」がある日は期待し、句点だけの日は落ち込んだ。

昼休み、藤田が別の同僚にもコピー機の使い方を教えているのを見た。親切なのは自分にだけではなかった。亜希は恥ずかしくなり、喫茶店の話も社交辞令だったことにした。

ところが帰りのエレベーターで二人になると、藤田は「この前の店、まだ行けてない」と言った。期待がまた戻った。

起きたことは少ない。藤田が店を紹介した。まだ行っていないと言った。亜希は一緒に食べてみたいと思った。

その先は、どれだけ考えても藤田の頭の中だった。

亜希が本当に怖かったのは、脈の読み違いより、自分から誘った人になることだった。断られた翌日に同じ会議へ出る場面まで想像した。

店の定休日を三回確認した

金曜の夜、亜希はその店のページを開いた。土日は十一時から。月曜が定休日。メニューの一番上に、藤田が見せた固いプリンが載っていた。

メッセージ欄へ「今度行きませんか」と書いて消した。「もし迷惑じゃなければ」も消した。最後に残ったのは一行だった。

『明日の午後、あのプリン食べに行かない?』

一緒にしたいことを一つだけ具体的に誘う。亜希は送信を押し、すぐ機内モードにした。機内モードでも送信済みの文字は消えなかった。

十分後に戻すと、返信が来ていた。

『明日は予定ある。ごめん!』

そこで文は終わっていた。別の日の提案はなかった。亜希はベッドへ座り、やっぱり、と声に出した。プリンの写真を削除しようとして、やめた。店がおいしそうだったことまで間違いになったわけではない。

月曜の会議はいつもどおり始まった

週明け、亜希は早めに会議室へ入った。藤田と顔を合わせるのが怖くて、資料を何度も並べ直した。

藤田は入ってくると「おはよう」と言い、普通に隣の席へ資料を置いた。プリンの話には触れなかった。会議ではコピー用紙の予算について話した。亜希が想像していた気まずい沈黙は、少なくともその朝には来なかった。

昼休み、麻衣から『どうだった』と聞かれた。

『だめだったっぽい』

そう返すと涙が出そうになった。小さな誘いでも、小さくしか傷つかないわけではなかった。亜希は藤田に期待していた自分を、思ったより大事にしていた。

翌週の日曜、亜希は麻衣とその店へ行った。プリンは写真より少し小さく、カラメルは苦かった。二人で「これで七百八十円か」と笑った。

相手の心を読み切るのではなく、自分の願いを小さな誘いとして差し出す。亜希が手にしたのは恋の答え全部ではない。土曜の午後を一緒に過ごす選択を、藤田はその時しなかった。その一場面だけだった。

しばらくして藤田から別の日を提案されるかもしれない。何も起きないかもしれない。亜希はもう、句読点を数えて未来を決める役からは降りた。

苦いカラメルの味と、自分で一度送ったメッセージが残った。次に誰かと行きたい場所ができたとき、三週間より少し早く誘えたら十分だと思った。


本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。

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