店に入ると、好きな人がもう来ていた。
隣には知らない女性が座っていて、ふたりは同じ画面をのぞき込みながら笑っている。こちらに気づくと、相手はいつものように手を上げた。
「こっち空いてるよ」
何も悪いことは起きていない。付き合っているわけでもない。誰と話すかは相手の自由だ。
それなのに、空いた席へ向かう数歩が長い。
さっきまで楽しみにしていた集まりなのに、急に帰りたくなった。
嫉妬する資格がないと思う
関係に名前がないと、嫉妬まで持ってはいけない感情に見える。
恋人なら「寂しかった」と言えるかもしれない。でも今の自分が言えば、相手を束縛する人になる。勝手に期待し、勝手に傷ついているだけだと思う。
だから笑顔をつくる。
「仲いいんだね」と軽く言い、何でもないふりをする。胸の中では、ふたりがどこで知り合ったのか、普段も連絡を取っているのか、相手もあの人を好きなのか、問いだけが増えていく。
嫉妬は、相手を所有する権利ではない。
ただ、自分がその人を特別に思っていると気づいたときに起きる感情だ。資格があるかどうかを判定する前に、もう心は動いている。
感情が生まれたことと、その感情のまま誰かを責めることは別にできる。
心は、知らない部分へ物語を書く
帰宅してから、ふたりの姿を何度も思い出す。
自分と話すときより楽しそうだった。きっと前から仲がよい。自分に向けられた優しさも、誰にでもするものだった。
けれど、実際に知っているのは、隣に座って笑っていたことだけだ。
その女性は昔からの友人かもしれない。仕事の相談をしていたのかもしれない。恋愛感情があるかもしれないし、ないかもしれない。
どの可能性も残っている。
不安な心は、分からないまま待つより、悲しい答えでも先に決めたほうが安全だと感じることがある。「自分は選ばれない」と決めれば、これ以上期待せずに済むからだ。
でも、傷つかないために書いた物語で、まだ起きていない関係まで終わらせることもある。
見た場面と、自分がつけた意味を分ける。
相手は誰かと笑っていた。自分は嫉妬した。置いていかれたようで寂しかった。
そこまでは、誰にも否定されない自分の体験だ。
誰かに勝つことが、恋の目的になる
嫉妬すると、隣にいた人と自分を比べ始める。
服、話し方、年齢、仕事。自分にないものばかりが目に入る。
次に会う日はもっときれいにしよう。相手が喜ぶ話題を用意しよう。あの人より楽しい存在になろう。
努力すること自体が悪いわけではない。好きな人に魅力的だと思われたいのは自然な願いだ。
ただ、誰かに勝つことだけを目指すと、相手の前から自分が消えていく。
本当は静かな店が好きなのに、相手に合わせて騒ぐ。興味のない話に詳しいふりをする。嫌だったことにも笑う。
選ばれるために別の人になり、もし選ばれたとして、その関係で自分は休めるだろうか。
恋は競争のように見える瞬間がある。けれど最後に生きるのは、勝った人の役ではなく、自分自身だ。
嫉妬の奥にある願いを、小さく認める
あの夜、本当に望んでいたのは、ほかの誰とも話さないでほしいことではなかった。
自分も、あの人とふたりで笑う時間がほしかった。
その願いなら、相手の自由を奪わずに持てる。
次に会ったとき、「この前話していた店、一緒に行かない?」と誘うこともできる。すぐに誘えないなら、自分がその人を特別に思っていると、まず自分だけに認めてもいい。
相手が誰を好きかは選べない。こちらを選んでくれるかも決められない。
でも、嫉妬を恥として隠し、自分まで嫌いになる必要はない。
怒りのように見えるざわつきの下には、近づきたい、知ってほしい、少し特別でありたいという願いがいる。
その願いを見つけたら、隣にいた誰かを敵にしなくて済む。
選ばれなかったとしても、劣っていたことにはならない
恋には、努力だけでは変えられない部分がある。
どれほど誠実でも、相手の心が別の方向へ動くことはある。それは苦しい。きれいに受け入れられない日もある。
けれど、相手が誰かを選ぶことは、人間としての順位表ではない。
相性、時期、積み重ねた時間。心が動く理由は、優劣だけでは説明できない。
今夜の自分にできるのは、相手の心を先回りして決めることでも、誰かに勝つため自分を作り変えることでもない。
「私はあの人と、もう少し一緒にいたかった」
その一文を、自分の本当の気持ちとして受け取る。
胸のざわつきはすぐには消えない。それでも、嫉妬に連れられて他人を見張る時間から、自分の願いを選ぶ時間へ戻ることはできる。
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