管理人【K】の言葉

子どもを持たないと決めたのに、寂しくなる日がある

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姪の卒業祝いに、昔の写真を何枚か送ってほしいと妹から連絡が来た。

四十八歳の里穂は、棚の奥からアルバムを出した。海辺で砂のついたおにぎりを持っている写真。水族館の大きな水槽より、足元の排水溝を熱心に見ている写真。小さかった姪の横には、今よりずっと若い自分も写っていた。

何枚か撮って送ると、妹からすぐに返事が来た。

「こんな時期もあったね。長かったようで、あっという間だった」

その一文を、里穂は何度も読んだ。

姪の成長がうれしい。妹が大変だった時期も知っている。自分は子どもを持たない暮らしを選び、今もその日々を気に入っている。

それなのに、胸の内側に、指で押されたような寂しさが残った。

今さら寂しいなんて言えなかった

夕飯のあと、パートナーに写真を見せた。

「もう卒業だって。早いね」

「あのころ、よく遊びに来てたね」

それ以上は話せなかった。子どもを持たないことは、二人で何度も話して決めた。今になって寂しいと口にしたら、あのとき本当は欲しかったのかと心配させそうだった。

自分にも、答えが分からない。選ばなかった道を惜しむ気持ちは、選んだ道への後悔なのだろうか。

里穂は、子育てをしていたら難しかっただろう旅行や、続けてきた仕事を思い浮かべた。今の暮らしの良いところを数えれば、気持ちが落ち着くと思った。

けれど、三つ数えても五つ数えても、写真を見たときの寂しさは残った。

自分で選んだ人生には、満足している顔をしていたくなる。かつて「後で寂しくなるよ」と言われたことがあれば、なおさらだ。寂しさを認めた瞬間、その人の言葉が正しかったことになりそうで、うれしい出来事まで身構えて受け取ってしまう。

でも、今ある暮らしを好きでいることと、そこにはない時間を惜しむことは、一人の中に起こる。どちらかを消してから話そうとすると、言える言葉が少なくなる。

何を惜しんでいるのだろう

翌日、里穂は送らなかった写真を見返した。

写っていたのは、姪が初めて自分で靴を履こうとしているところだった。妹の手が画面の端に見える。手を貸したいのを待っている、半分開いた手だった。

里穂が立ち止まったのは、その手だった。

会うたびに大きくなる姪を見てきた。けれど、昨日までできなかったことが、今日できるようになる。そのそばに毎日いる年月を、自分は生きなかった。

惜しかったのは、その近さだった。

子どもがいればどんな日々だったかは分からない。写真に写らない疲れも、思いどおりにならないことも、妹の生活にはあった。里穂の想像の中では、そうした時間が抜け落ちて、いくつかのまぶしい場面だけが続いていた。

それに気づいても、寂しさを打ち消すために子育ての苦労を数え上げる気にはなれなかった。妹の暮らしを羨む自分も、その暮らしの全部を望んではいなかった自分も、いた。

選ばなかった人生を思うとき、私たちはその一場面に強く惹かれることがある。その場面を味わいたかった気持ちと、そこへ続く日々を引き受けたい気持ちは、重なる部分も、違う部分もある。

里穂は、写真から離れたあとも自分に残っている願いを確かめた。今の生活を変えたいのか。それとも、経験しなかった年月について、少し悲しんでいるのか。

その夜の自分に近かったのは、後のほうだった。

もし前のほうの気持ちが続くなら、以前決めたからという理由で閉じずに、今後の暮らしの話として改めて向き合うことになる。一晩の寂しさだけで、どちらかに決める必要はなかった。

答えを変える相談になるのが怖かった

夕飯を作りながら、里穂はパートナーに声をかけた。

「昨日の写真、うれしかったんだけど、ちょっと寂しくもなった。毎日そばで育つのを見る時間は、私にはなかったんだなって」

相手の包丁が止まった。

「子どもが欲しかったってこと?」

予想していた問いだった。いつもなら、違う違う、と笑って話を終えていたと思う。

「今の暮らしを変えたい感じとは違うと思う。でも、寂しかったことまで黙っているのは、ちょっとしんどかった」

パートナーは少し考えてから、「どう返せばいいか分からないけど、聞いてる」と言った。

すっきりする返事ではなかった。それでも里穂は、さっき見つけた靴の写真の話を続けた。

気持ちを話すとき、相手もすぐに「では、これからどうするのか」を考えることがある。大きな選択に関わる話なら、驚きや不安も生まれる。今どんな相談をしたいのかが少し伝わると、結論を出す前の話も続けやすくなる。

里穂がその晩ほしかったのは、あの決断は正しかったと説得してもらうことでも、別の未来を提案してもらうことでもなかった。自分が生きなかった時間に心が動いたことを、近くにいる人にも知ってほしかった。

話し終えても、寂しさは残った。ただ、それを隠すために旅行の思い出を並べるのはやめられた。

数日後、姪から「小さいときの私、変なところばっかり見てるね」と返事が来た。里穂は、排水溝の写真に写り込んだ自分の靴を見て笑った。

自分が惜しんだのは、誰の暮らしの、どんな時間だったのか。そのくらいの大きさで言葉にすると、人生全体を選び直す話にせず、今の気持ちを見つめられることがある。

里穂はアルバムを閉じる前に、もう一度、靴を履こうとしている姪を見た。かわいかった。少し寂しかった。どちらもそのままに、写真を元の場所へ戻した。

本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。

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