管理人【K】の言葉

結婚を選ばないふたりにも節目がほしくなる日がある

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友人の結婚式から帰る電車で、紗季は引き出物の紙袋を膝に置いていた。隣では直樹が、披露宴で撮った写真を見返している。

二人は一緒に暮らして六年になる。婚姻届を出す予定はない。そのことは何度も話し、直樹も納得していると思っていた。

『僕たちは、いつをお祝いするんだろうね』

直樹が画面を閉じて言った。

紗季の胸が固くなった。今日の式を見て考えが変わったのだろうか。返事を探しているうちに、直樹は『結婚したいっていう話じゃなくて』と続けた。

『六年一緒にいるけど、二人で選んだ日が、どこにもない気がした』

一つの言葉に詰め込まれていた三つの話

紗季にとって結婚は、婚姻届、姓や家族の扱い、式、親族との関係、長く一緒にいる約束まで、すべてを束ねた言葉だった。束ごと受け取れないから、結婚は選ばないと考えてきた。

直樹が惜しいと感じていたのは、その束の全部ではなかった。周りの人に二人の関係を伝える場と、毎年思い出せる日がほしかった。婚姻届を出してほしいとも、盛大な式をしたいとも言わなかった。

二人は同じ『結婚しない』を口にしながら、その中で手放したものを別々に見ていた。

結婚するかどうかだけを答えにすると、紗季が守りたいことも、直樹が望んでいることも、賛成と反対の両側へ離れてしまう。そこで二人は、その日は結論を出さず、家に帰ってから結婚という束をほどいてみることにした。

拒みたいものと残したいもの

日曜日の朝、食卓に三枚の紙を置いた。

一枚目には『制度や手続き』と書いた。今の暮らしで困る場面はあるか、将来どんな備えが必要か。分からない項目には丸をつけた。気持ちだけで代えられない制度上の扱いは、思い込みで決めず、公的な情報を調べてから話すことにした。

二枚目は『周りへ伝えたいこと』。直樹は、親しい友人には人生を共にする相手として紹介したいと書いた。紗季は、大勢の前で誓う場は落ち着かないが、両親と少人数で食事をするなら想像できると答えた。

三枚目には『二人で約束したいこと』。住む場所を変えるときは一人で決めない。生活費の分け方は年に一度見直す。関係を続けるのが苦しくなったら、黙って消えずに話す時間を頼む。

書いてみると、意見が違う欄もあった。制度については先送りになり、誰まで関係を伝えるかも決まらなかった。それでも、結婚という一語に隠れていた相談の形は見えるようになった。

六年前ではなく、今年の日を選ぶ

出会った日も、同居を始めた日も、正確には覚えていなかった。写真の日時を探せば分かるかもしれないが、二人は過去から記念日を発掘するのをやめた。

ちょうど翌月、部屋の更新期限が来る。二人はその日を、同じ家で暮らすことを選び直す日と呼ぶことにした。

何かを証明するための記念日にはしなかった。毎年必ず続ける契約でもない。その年に守りたい暮らしと、変えたいことを一つずつ話す。夕食は少し遠い店で食べる。最初の年だけ、結婚式へ招いてくれた友人を含む四人に来てもらう。

直樹は『思っていたより地味だね』と笑った。紗季も笑った。地味でも、誰かの式を小さくまねた日ではなかった。二人が選んだ内容に、二人で日付を置いた。

二択の外で話し続ける

結婚を選ばない気持ちがあっても、祝われたい日や、関係を人に知ってほしい願いが生まれることはある。制度上の備えだけが必要になることも、二人だけの約束を深めたくなることもある。

その揺れを、結婚したい本音が隠れていた証拠にすると、また束ごとの答えを迫ることになる。どの部分を望み、どの部分に違和感があるのかは、一つずつ異なる。

今は結婚しないと考えている二人なら、紙を三つに分けてみる。制度や手続き、周りへ伝えたいこと、二人で約束したいこと。それぞれに一つだけ書き、答えが違った項目から話す。

書いた内容は、年月とともに変わるかもしれない。婚姻届を出す選択へ動くことも、今の形を続けることもある。変わらない答えを誓うための紙ではない。二人がいま何を選んでいるかを、同じ食卓で確かめるための紙だ。

更新の日、二人は新しい契約書を棚へしまい、三枚の紙を封筒へ入れた。封筒には、紗季が日付を書いた。

それは結婚記念日ではない。結婚しないことを祝う日でもない。二人の暮らしを、今年も二人で選んだ日だった。

本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。

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