「うちは、わりと自由にさせてもらえたよね」
久しぶりに会ったきょうだいが、そう言った。昔よく行った店の話から、高校時代の話になっていた。
自由だっただろうか。
進路希望の紙を食卓に出した夜を思い出す。「そんなことで食べていけるの」と言われ、翌朝、別の学校の名前を書いた。相談する前から、通りそうな希望だけを選ぶようになった。
同じ家にいた相手が、そんなふうに覚えているとは思わなかった。
「私は、かなり口を出されたけど」
「そう? 心配してただけじゃない?」
返事を聞いて、店の音が遠くなった。親に分かってもらえなかった話を、今度はきょうだいにも否定された気がした。
同じ家にいたから分かると思っていた
きょうだいには、説明しなくても伝わることがある。廊下のきしむ音。親が不機嫌な日の食卓。誰も座らなかった、いつもの椅子。
同じ家の記憶を持つ人だからこそ、自分が苦しかったことも知っているはずだと思っていた。その相手から違う話が返ってくると、出来事そのものが足元から抜けていく。
自分が大げさに受け取っていただけなのか。昔からひがみっぽかったのか。
確かめたくなって、別の出来事を持ち出した。部活を辞めたいと言った日のこと。帰宅が遅くなって叱られた日のこと。きょうだいは「それは覚えてないな」と答えた。
一つ否定されるたび、もっと決定的な話を探した。気づけば、家族の思い出を証拠として並べていた。
欲しかったのは、親を悪い人だと認める判決だっただろうか。
たぶん、その手前に「あのとき、つらかったんだね」と受け取ってほしい気持ちがあった。身近な人が一人でも知っていてくれたら、ずっと自分だけが気にしていたという寂しさが和らぐ気がした。
二人が知っている親は重なりきらない
同じ家で育っても、親と過ごした時間のすべてが同じだったわけではない。年齢の差もあれば、一対一で交わした言葉もある。同じ注意を受けても、その前にどんなやり取りが積み重なっていたかで、残るものは違う。
きょうだいが自由だったと感じていることと、自分が希望を言いにくかったことは、両方とも語れる。どちらかの記憶に家族全員を合わせようとすると、一方の経験がこぼれてしまう。
もちろん、覚え違いは誰にでもある。いつの出来事か、その場に誰がいたかは、あとから確かめ直すこともある。それでも、相手が覚えていないという返事だけで、自分の苦しさまで間違いだったと決めることはできない。
「心配していた」という親の気持ちについての推測も、希望を引っ込めた自分の寂しさを説明し尽くすものにはならない。
一方で、きょうだいに同じ痛みを認めてもらおうとして、「あなたは大事にされたから分からない」と言いたくなることもある。その言葉で、相手がまだ話していない経験まで決めてしまうかもしれない。
自分の記憶を消されたくない。その願いを持つなら、相手の記憶にも、自分が知らない部分を残しておきたい。
二人で同じ親の評価にたどり着くことを、この会話の終点にしなくても話せることはある。
判定を頼むのをやめたとき
その日は、うまく言えなかった。帰り道にも、「あのことを話せば分かってもらえたかもしれない」と考えた。
数日後、きょうだいから別の用事で連絡があった。返事を書いたあと、短く付け足した。
「この前の進路の話、私は希望を言うのが怖かったんだ。そっちは自由だったという記憶まで変えてほしいわけじゃない。ただ、私にはそういう時間があったと聞いてほしかった」
しばらくして、「あの夜のことは知らなかった」と返ってきた。親への評価が変わったかは分からない。子どもの頃の自分と同じ気持ちになってくれたかも、分からない。
それでも、その返事には、二人の知らないところがあるという隙間ができていた。
もし自分もそんな会話の途中にいるなら、親がどんな人だったかを説明する文を、一度、自分に何が起きてどう感じたかという一場面へ戻してみる。「ひどい親だったと思わない?」という問いの奥で、何を聞いてほしかったのかを探す。
伝えても、「考えすぎ」と返されることはある。そのたびに証拠を増やして、分かってもらうまで話し続けると、傷つく時間も長くなる。「この話は今日はここまでにする」と区切ることも、自分で選べる。きょうだいだけを、自分の過去を語れる相手にしておく必要もない。
画面に残る「あの夜のことは知らなかった」を、もう一度読んだ。
同じ家にいたのに、知らなかったことがある。それを寂しく感じる気持ちは残った。ただ、同じ家にいた人が知らないからといって、あの夜の自分までいなくなるわけではない。
次に会ったとき、相手が覚えている家の話を聞けるだろうか。今すぐは難しくても、いつか、自分の記憶を引っ込めずに聞いてみたいと思った。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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