管理人【K】の言葉

SNSで反応の多かった自分を演じ続けてしまうとき

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久しぶりに書きたいことがあったのに、投稿欄には別の文章を打っていた。

沙帆が残したかったのは、帰り道で見た古い映画館の話だった。上映時間を手書きした紙の端が丸まり、入口には次の回を待つ人が二人いた。いつか入ろうと思って通り過ぎていた場所に、その日は足を止めた。

けれど、そういう投稿にはあまり反応がつかない。

先月、職場で言われて困った言葉を少し皮肉っぽく書いたら、いつもの十倍ほど「いいね」がついた。知らない人からも返事が来た。自分の言葉が届いたのがうれしくて、その晩は何度も画面を開いた。

それから沙帆は、何かを書くたびに、あの投稿を見返すようになった。

喜ばれた言い方が先に浮かぶ

同じくらい人が反応しているアカウントを見ると、短く言い切る文章が目に入った。迷いを書き足すと弱くなる気がした。職場で助かった出来事もあったが、それを書くより、困った人の話を続けるほうが期待に応えられそうだった。

映画館の文章を消し、今日も誰かに腹を立てたような一文を書いた。そこまで怒っていたかと聞かれたら、返事に詰まる。少し面白くしただけだと思って投稿した。

反応はついた。ところが返ってきた強い言葉を読むうちに、話題にした相手が、自分の記憶よりひどい人に見えてきた。明日も顔を合わせる。そのとき、画面の中で一緒に笑っていた自分を持て余しそうだった。

沙帆は投稿を取り下げた。惜しいとも思った。せっかく増えた数字が消えることに、胸がざわついた。

届いたうれしさは本当だった。そのうれしさが、次に何を書くかにまで入り込んでいた。誰かから命じられた覚えはない。それでも、前に受けた自分の続編を求められているようだった。

その文章で何をしたかったか

手帳には、映画館の看板を写した走り書きが残っていた。「九月の特集、青い字」。何も言い切っていない。役立つ情報にまとめてもいない。帰り道に足が止まったことを、覚えておきたかった。

沙帆は投稿欄を開く前に、手帳の余白へ「この場所に気づいたことを残したい」と書いた。

そこから文章を作ると、皮肉を挟むところがなかった。入口の紙と、待っていた二人と、今度は時間を調べて来たいということを書いた。写真に人の顔が入っていたので、その写真は使わなかった。

広く読まれる文章を工夫する楽しさも、沙帆にはある。数字を見たい日もある。ただ、記録、近況の報告、誰かへの問いかけを、毎回同じ反応の数で仕上げ直していると、最初に書きたかったことが落ちてしまう。

「何人に届くか」の手前に、「この一文で何をしたかったか」があった。人に見せるために整えたあとも、そこが残っているかは自分で確かめられる。

沙帆は以前の皮肉な投稿も読み直した。あれを面白いと思った気持ちまで取り消すつもりはなかった。自分にそういう面があることと、これからもその調子で書き続けることは、別々に考えられた。

少ない反応のあとに残った話

映画館の投稿についた反応は三つだった。

やはり少ない。投稿する時間が悪かったのか、最後をもう少し気の利いた言葉にすればよかったのか。直したくなって、いったん編集画面を開いた。

手帳の「この場所に気づいたことを残したい」を見てから、自分の文章を読んだ。どこで足が止まったのか、次に何をしたいのかは書いてある。沙帆は語尾を変えずに閉じた。数字にがっかりした気持ちは、その晩も残った。

翌週、映画館の前を通ったときには上映時間を確かめた。投稿を見た誰かが誘ってくれたわけでも、特別な出会いがあったわけでもない。沙帆は一人分の券を買った。

見終わった映画の感想は、うまくまとまらなかった。「最後の場面をまだ考えている」と下書きに入れた。面白かったと言い切れば、もっと書きやすかったと思う。

前に喜ばれた自分から少しはみ出すと、反応が減ることもある。その寂しさを引き受けながら、今の自分が実際に書ける言葉を選ぶ。沙帆の画面には、まだ結論の出ていない一行が残った。

本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。

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管理人 【K】

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言葉に耳を傾ける、伝書オカメの「こより」

伝書オカメの「こより」

こんな風に言っていたよ

反応が少ない寂しさを引き受けること。平気なふりをしてやり過ごすことに慣れてしまった気がしており、本当はどうしたいのかうまく言葉にできそうにないとのことです。