仕事帰りのスーパーで、母から電話が来た。
『病院の予約、来週に変えてくれない? それと役所から何か届いてる』
左手には買い物かご、右手にはスマートフォン。冷凍食品の前で診察券番号を尋ね、帰宅したら書類の写真を送るよう頼んだ。
兄にも連絡したかと聞くと、母は『あの子は忙しいから』と答えた。兄は新幹線で二時間の町に住んでいる。自分は実家まで車で三十分だった。
近いのだから仕方がない。そう思いながら、かごのアイスクリームが少しずつ柔らかくなっていった。
用事より先に家族のことを考えていた
病院へ付き添うのは月に一度ほどだった。電球を替えるのも、役所の窓口へ行くのも毎週ではない。一つずつ数えると、大騒ぎするほどではないように見えた。
けれど、診察日を覚え、天気予報を見て、母が一人で行けそうか考えていた。書類の期限を気にし、兄へ経過を伝え、電話が鳴れば何かあったのかと身構えた。
実際に動いた時間の外にも、家族の予定を頭の片隅へ置いている時間があった。誰かに正式に頼まれた役ではないため、始まった日も、終える日も分からなかった。
兄の旅行写真を見ると腹が立った。こちらが病院の待合室にいるあいだ、兄だけが家族の外で自由に暮らしているように見えた。
ノートに書くと十八個あった
ある夜、実家について自分がしていることをノートへ書いた。通院の予約、付き添い、薬の残りの確認、役所の書類、家電の故障、兄への報告。
そこでペンを置こうとして、まだあることに気づいた。母の声が弱い日に翌朝もう一度電話する。診察の前日に予定を知らせる。緊急連絡先を更新する。兄へ何を頼むか考える。頼んだことが終わったか確かめる。
十八個になった。移動を伴う作業は半分もなかった。遠くに住んでいても持てるものが、思っていたより多かった。
一覧を兄へ送るのは告発のようで、ためらった。けれど『もっと手伝って』だけでは、兄も何を引き受ければよいか分からない。自分も指示役のまま残る。
兄に渡したのは一回の用事ではなかった
兄へ電話し、一覧を見せた。最初の返事は『そんなにあるなら言ってくれればよかったのに』だった。
その言葉に腹が立った。言う内容を整理すること自体が負担だったからだ。声を強くしそうになり、いったん水を飲んだ。
『毎回頼む形だと、私が全部覚えることになる。病院の予約と薬の確認は、今後そっちで持ってほしい』
兄は、遠くにいるから無理だと思っていたと言った。電話で変更できる予約なら担当できる。薬の残りは母に写真を送ってもらうことにした。通院当日の付き添いは、近くにいる自分が続ける。
きれいな半分には分かれなかった。母は兄から確認の電話が来ると、『わざわざいいのに』と言い、結局こちらへ同じ話をすることもあった。兄も一度、予約変更を忘れた。
それでも病院の日付を覚えておく役が、自分の頭から少し離れた。兄へ渡したのは一回の電話ではなく、その範囲を考え続ける責任だった。
近くに住む一人の生活も家族の現実だった
次の週、母から電球を替えてほしいと連絡が来た。土曜日には先約があった。
『今週は行けない。急ぎなら業者さんを探そう。来週でよければ私が行く』
母は不満そうだった。『昔はすぐ来てくれたのに』と言われ、胸が痛んだ。断れば親不孝になる感覚は、一覧を作っただけでは消えなかった。
近くに住む人だけの善意へ家族の責任を集めず、見えない管理も分けてよい。分けることは、家族への気持ちを計量して同じに揃える作業ではない。距離、仕事、得意なことに合わせ、誰か一人が倒れない形を探すことだった。
土曜日、予定どおり友人と出かけた。途中で母のことを思い出したが、電話は鳴らなかった。兄が母へ連絡し、電球は急がないと確認していた。
家族の窓口を辞めたから、親との関係が薄くなったわけではない。母に会う日は、予約番号や兄への報告を考えず、一人の子としてお茶を飲める時間が少し増えた。
スーパーでまた電話が鳴る日もあるだろう。それでも買い物かごを床へ置く前に、これは誰が持つ用事なのかを家族へ返せるようになっていた。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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