昨夜、友人へ電話をかけた。
仕事へ行くのが苦しいこと。帰宅すると着替えたまま床へ座ってしまうこと。誰にも必要とされていない気がすること。話し始めると止まらず、途中から泣いた。
友人は一時間近く聞き、『話してくれてよかった』と言った。電話を切った直後は、久しぶりに息が深く入った。
朝八時十二分。目を覚ますと、昨夜の言葉が全部、相手の手元に置かれているようで怖くなった。
『昨日はごめん。重かったよね。忘れて』
送信欄へ打ち込み、指を止めた。
安心のあとから警報が鳴る
話している間は、一人きりではないと思えた。朝になると、見せた弱さが急に危険なものへ変わった。面倒な人だと思われた。次から連絡を避けられる。共通の友人へ話される。
長く一人で抱えてきたとき、秘密を守ることは身を守る方法でもあった。その扉を一晩開ければ、翌朝に心が『閉め忘れている』と警報を鳴らすことがある。
恥ずかしさが来たから、電話が失敗だったとは限らない。昨夜の安心も、今朝の逃げたさも、同じ一日の中にあった。
頼った翌朝の恥ずかしさを、助けを求めた失敗の証拠にしない。まず送信欄の文章を、声に出さず読み返した。
謝罪の代わりに二つだけ送る
『忘れて』と頼むと、昨夜の自分まで取り消すように感じた。友人が聞くと決めた時間も、迷惑な出来事だったことにしてしまう。
具体的に境界を越えた心当たりがあるなら、確かめて謝ることはできる。夜遅くまで話した。相手の予定を最初に聞かなかった。その点は次から変えたかった。
文章を消し、短く書き直した。
『昨日、聞いてくれて助かった。次に話したいときは、先に二十分くらい大丈夫か聞くね』
謝罪で取り消さず、感謝と次の境界を短く伝える。弱さを見せたことは謝らず、頼り方の調整だけを相手へ渡した。
秘密の扱いが不安だったので、『昨日の話は、ほかの人には話さないでほしい』とも付けた。願いを察してもらう代わりに、守ってほしい範囲を言葉にした。
返事が遅い三時間を過ごす
すぐ既読になったが、返事は来なかった。仕事中だと分かっていても、迷惑だったに違いないという考えが戻った。送った文章まで消したくなった。
相手の心は、こちらから完全には分からない。昨夜、疲れた時間があったかもしれない。それでも聞きたいと思った部分もあるかもしれない。少し疲れたことと、友人を嫌いになることは同じではない。
昼前、『こちらこそ話してくれてありがとう。昨日は大丈夫だったよ。今度、余裕ないときはちゃんと言うね』と返ってきた。
その返事で、今後ずっと迷惑にならない保証を得たわけではない。友人には断る時間があり、自分には尋ねる言葉があると分かった。互いが全部を先回りして管理しなくても、次の一回で確かめられる。
昨夜の話を自分の生活へ戻す
電話で話した内容を、ノートに三行だけ書いた。出勤前に吐き気がする。帰宅後に床から動けない。誰にも必要とされていないと考える夜がある。
誰かにしか受け止められない恥ずかしい秘密としてではなく、自分の生活で起きている事実として読んだ。友人の一時間だけへ、すべてを預け続ける内容でもなかった。
仕事の相談先を調べ、体調について医療機関へ話すことも考えた。別の友人には、週末に食事だけ一緒にできるか尋ねた。頼る先を分けることは、昨夜聞いてくれた友人への不信ではない。一人の善意へ全部の重さを置かないためだった。
次に苦しくなった夜、電話の前に『二十分ほど、聞くだけでも大丈夫?』と送った。友人からは『今日は難しい。日曜なら』と返ってきた。胸は少し沈んだが、関係が終わった知らせには見えなかった。
昨夜の自分を回収して消すことはできない。消す必要もなかった。助けを求めた人のまま朝食を食べ、仕事へ向かい、また必要なときに頼り方を選ぶ。
朝八時十二分に消した謝罪の代わりに、感謝と二十分の境界が、二人のメッセージに残った。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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