管理人【K】の言葉

相談すると相手の体験談になり、自分の話が終わってしまう

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「それ、私もあった」

そう返ってきたとき、千佳は少しほっとした。職場で担当が替わってから落ち着かない。仲のいい友人なら、この感じを分かってくれるかもしれない。

友人は、以前の部署で引き継ぎもなく仕事を任された話を始めた。何を聞いても忙しいと言われたこと、帰りの電車で泣いたこと。千佳もその頃を覚えていた。大変だったよね、と相づちを打つ。

話が一段落すると、友人は「でも、あのとき辞めなくてよかった。千佳も慣れたら変わるよ」と笑った。

「そうだね」

頼んだケーキを食べ終え、店を出た。たくさん話したはずなのに、自分の話をどこまでしたのか思い出せなかった。

千佳の職場では、引き継ぎは丁寧にしてもらっていた。周りも親切だった。ただ、前の担当で楽しみにしていた作業がなくなった。新しい仕事で困っているのか、以前の仕事を失って寂しいのか、自分でもまだ分からない。その続きを話す前に、会話は「つらい時期を耐えて乗り越えた話」になっていた。

似た経験の先で、言えなくなること

友人の体験談を聞いて安心したのも本当だった。落ち着かないのは自分だけではないと思えたし、言いにくいことを打ち明けてくれたのもうれしかった。

だからこそ、「私の場合は少し違う」と言い出しにくかった。

話を戻せば、せっかく聞かせてくれた経験を役に立たないと言うようで気が引ける。相手の苦労の大きさを知ると、親切にされている自分が何を不満に思うのか、とも感じる。

誰かに頼ることに慣れていないと、相手が熱心に話してくれるだけで、もう十分にしてもらった気になることがある。こちらから続きを求めるのは欲張りだと思い、分かってもらえたことにして帰る。帰り道で寂しくなっても、あんなに時間をくれた人への不満としては持ちにくい。

けれど、二人の経験が似ているのは、あるところまでかもしれない。

千佳と友人には、担当が変わってつらくなったという共通点があった。友人は仕事を覚える支えを必要としていた。千佳は、慣れれば消えるとも思えない物足りなさを話しかけていた。同じ言葉で始まった話にも、それぞれに続きがある。

相手の経験にない部分を話すと、せっかく近づいた距離がまた開く気がする。実際には、その違いを知ってもらうことで、ようやく話せることもある。

「私の話には、まだ続きがあって」

数日後、友人から「少し慣れた?」とメッセージが届いた。

千佳は「ぼちぼち」と打って、消した。友人は、あの日の話を覚えてくれている。けれど、慣れたかどうかだけでは今の気持ちを返せない。

「仕事は教えてもらえてる。ただ、前に好きだった作業がなくなったのが寂しいみたい。この前、そこまで話せなかった」

送ってから、友人の話を否定するように聞こえただろうかと気になった。少しして、「そうだったんだ。前の仕事のほうが好きだった?」と返ってきた。

その質問にも、すぐには答えが出なかった。前の担当にも嫌なところはあった。それでも、毎週楽しみにしていた時間があった。

「全部が好きだったわけでもないんだけど」と書き始めると、あの日より自分の言葉が続いた。

会話が過ぎたあとで口を挟むのは難しい。その場なら「そのとき、そうだったんだね。私の話にはまだ続きがあって」と、止まったところから戻る言い方もある。あとになってから、千佳のように話し残した一件を伝えることもできる。

違いを細かく証明して、どちらが大変かを決めたいわけではない。相手の話に合わせるうちに省いたところを、会話に戻したいのだ。

もちろん、いつでも受け止めてもらえるとは限らない。「結局は同じことだよ」と重ねられ、続きを話せない場合もある。一度言い方を変えても毎回そうなるなら、その人にこの悩みを聞いてもらおうとすること自体が、今は疲れるのかもしれない。一緒に楽しめる話題はあっても、込み入った気持ちを話せる相手は別になることがある。

千佳が求めていたのは、同じ経験をした人からの正解だったのだろうか。最初はそう思っていた。でも、友人から「その作業のどこが好きだったの?」と聞かれて、今まで言葉にしなかった楽しさを話しているうちに、ほしかった時間が少し分かった。

自分でも分からないところを、分からないまま聞いてもらいたかった。

次に誰かと話したあと、話したはずなのに寂しさが残ったら、どこから自分が相づちだけになったのかを思い出してみる。その手前に、まだ言えていないことが残っているかもしれない。

友人への返事は、思ったより長くなった。読み返しても、仕事を続けたいのか替わりたいのか、結論は出ていなかった。それでも、今度は自分の話をしたと思えた。

本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。

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