高校の同窓会まで、あと四日だった。
浩平は案内の出欠欄を三週間空けていた。参加者一覧には、会社を経営している人、海外で暮らす人、子どもの写真を年賀状に載せていた人の名前がある。
自分は卒業後に入った会社で今も働き、同じ町の賃貸に住んでいる。『最近どう?』と聞かれたら、『何も変わってない』と笑うしかない気がした。
会いたい友人はいた。それでも、近況を持たずに教室へ戻るのが怖かった。
先に自分を小さくする練習
風呂の中で、当日の答えを何度も考えた。
『相変わらず平社員だよ』
『結婚もしてないし、普通に生きてるだけ』
自分から低い点をつけておけば、相手が困らずに済む。笑ってもらえれば、話題もすぐ次へ移る。
ところが声に出すたび、この十五年が薄い紙のように聞こえた。
浩平には、話しやすい大きな出来事がなかった。父が倒れた年には週末ごと実家へ通った。職場で人が辞めた時期には、帰宅して着替える前に床で眠った。去年から、夜十時を過ぎた仕事の連絡には翌朝返すようにした。
どれも名刺には書けない。人前で詳しく話したいことでもない。それでも、その時間を通って今の生活があった。
見出しになる近況がなくても、生きてきた年月は空白ではない。そう思うと、『何も変わってない』の一言だけで全部を片づけたくなくなった。
レシートの裏に一つ書いた
帰りに寄った食堂で、浩平はレシートを裏返した。肩書きにならない自分の変化を一つ書く。
『夜中の仕事へ、朝返せるようになった』
昇進でも資格でもない。誰かに褒められる話かも分からない。けれど以前の浩平は、通知が鳴るたび布団から起き、すぐ返さなければ居場所を失うと思っていた。
その習慣を変えるまで、一年以上かかった。最初は朝まで眠れず、上司の反応を想像した。今は電話の音を切り、湯を沸かしてから返信できる。
レシートを財布へ入れ、同窓会の参加ボタンを押した。成長を証明できたから参加するのではない。会いたい人が一人いて、疲れたら一時間で帰ると決められたからだった。
五十二分の近況
当日、受付で名前を書いていると、昔同じ部活だった佐伯が声をかけてきた。佐伯は二人目の子どもが生まれ、家を買ったという。浩平の頭には、用意していた『何も変わってない』が浮かんだ。
『俺は今も同じ会社。最近は、夜の仕事を朝へ回せるようになった』
佐伯は一瞬きょとんとしてから、『それ大事だな。俺、昨日も夜中に返して妻に怒られた』と笑った。
別の同級生から『結婚は?』とも聞かれた。浩平は『今はしてないよ』と答え、それ以上は説明しなかった。海外赴任の話を聞いて胸がざわつき、家を買った話には自分の家賃が急にむなしく見えた。来てみても比較は消えなかった。
五十二分たったところで、浩平は佐伯へ帰ると伝えた。『もう帰るの?』と言われたが、『今日はここまで』と答えた。
帰りの電車で、参加者の写真がグループチャットへ届いた。中央で笑う人たちは、それぞれ話しやすい見出しを持っているように見えた。浩平の十五年は写真からは分からない。
財布からレシートを出した。油で少し透けた紙に、夜中の仕事を朝へ回せるようになったと書いてある。
同窓会で大きく話すことはなかった。それでも、自分の年月を『何もない』と紹介せずに帰ってきた。浩平にとって、その夜の近況はそれで十分だった。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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