地域の写真講座で、隣の人に聞かれた。
『何をしている方ですか』
千佳は『駅前でパン屋をしていました』と答えた。
二十六年続けた店は、四か月前に閉めた。過去形で店の名前を言うと、相手は『ああ、あのお店』と声を上げ、そのあと少し困った顔をした。
『今は、ゆっくりされているんですね』
千佳は笑ってうなずいた。帰り道、自分は休んでいる人になったのだと思った。
午前四時半に目が覚める
店を閉めても、体は午前四時半に目を覚ました。暗い台所へ行き、もうない業務用オーブンの予熱を始めそうになる。
パン屋だったころは、初対面でも話に困らなかった。どんなパンを焼くか。朝は何時に起きるか。駅前の店だと言えば、相手の記憶にも自分の場所があった。
閉店後、商店街を歩くと『次は何をするの』と聞かれた。千佳も答えを急いだ。製菓学校の講師、通販、小さな喫茶店。新しい名札を見つければ、また人に説明できる。
けれど店を閉める前の二年間、千佳は腰の痛みと売上の不安で眠れなかった。戻りたいのは毎日の仕事より、『今日は自分を待つ人がいる』と分かる朝だった。
役割がなくなった時間には、誰からも必要とされていないような静けさがあった。
動詞を三つ書いた午後
次の写真講座までに自己紹介を考えようとして、千佳はまた職業名を探した。どれもまだ自分のものではなかった。
ノートへ、いましていることを小さな動詞で三つ書いた。
『朝、川まで歩く』
『母へ昼食を届ける』
『古いカメラで店の跡を撮る』
立派な活動ではない。母の昼食はコンビニで買う日もあり、雨の日は歩かない。写真も誰かに見せる予定はなかった。
それでも千佳の一日は、閉店したところで止まってはいなかった。歩き、届け、撮っている。パンを焼いた二十六年とは違う動きで、今の時間を使っていた。
役割が終わっても生きた時間は残り、新しい名前がない途中にも自分はいる。パン屋で覚えた早起きも、客の顔を見る癖も、焼き色を光で判断する目も消えていない。その目で、朝の川や空になった店内を撮っていた。
二度目の自己紹介
翌週、講師が一人ずつ自己紹介をするよう言った。千佳の番が来た。
『春までパン屋をしていました。今は朝に歩いて、写真を撮っています』
言い終えるまで七秒ほどだった。隣の人は『何を撮るんですか』と聞いた。千佳は、閉店後の店に差す午後の光を撮っていると話した。
『写真家なんですね』と言われ、千佳は慌てて否定した。写真家と名乗るつもりはない。まだピントもよく外す。
ただ、その会話では店を閉めた理由も、次の仕事も説明しなくてよかった。今していることだけで、数分話せた。
講座の帰り、元の店の前を通った。看板は外され、ガラスには次の入居者を募る紙が貼られている。千佳は写真を一枚撮った。
パン屋だった自分を捨てたくはなかった。もう店へ戻れない寂しさもある。だから自己紹介から店のことを消さなかった。過去形のあとに、今の動詞を一つ足した。
新しい肩書きはまだない。写真を続けるか、別の仕事をするかも決めていない。名前が決まらない四か月にも、千佳は朝を歩き、母へ昼食を届け、シャッターを押している。
その時間は、次の役割が始まるまでの待合室ではなかった。短い名札に収まらないまま、すでに生きている現在だった。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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