「いつも助かってる。安心して任せられるよ」
上司にそう言われて、理沙は笑った。その日の担当表にも、会議資料の取りまとめと進行の補助が入っていた。新しい企画の担当欄には、別の人の名前があった。
資料を整える仕事は嫌いではない。数字の食い違いを見つけたり、説明の順番を直したりするのは得意だった。会議が滞りなく進むとうれしい。
ただ、理沙も一度、自分で企画を立てて提案してみたかった。
前の面談でも、その話はした。「まず今の仕事で実績を積もう」と言われたので、半年間、任されたものを丁寧に仕上げてきた。褒められることは増えた。けれど担当表を見ると、今期も同じ。
帰りの電車で、今日の「安心して任せられる」を思い返した。喜べない自分が欲張りなのかと思った。誰からも認められていないわけではないのに、置き去りにされたような気持ちが残っていた。
得意な仕事を続けた先にあるはずだった
次の企画会議で、理沙は議事録を取りながら、担当者たちの話を聞いた。自分ならここを変えたいと思う箇所があった。書き留めようとして、発言の記録が遅れていることに気づき、そちらへ戻った。
会議後、担当の一人に「理沙さんがいてくれると助かる」と言われた。
その人に悪気があるとは思わなかった。実際、助けになっているのだろう。けれど、助ける側の席が、いつまでたっても自分の席だった。
今の仕事を認められることと、次の仕事を経験する機会があることは、自然にはつながらない。上司は、慣れた仕事を安心して頼める人に、もう一度頼む。受ける側は、期待に応えればいずれ違う仕事も任されると思い、引き受ける。同じやりとりを続けていても、二人が考えている先の姿は違うことがある。
理沙がほしかったのは、取りまとめの腕をもっと褒めてもらうことだけではなかった。うまくできるか分からない仕事に、関わってみる機会だった。
得意なことを続けるうちに、まだできないことへ手を伸ばす時間がなくなっていた。その寂しさには、感謝の言葉だけでは届かないところがあった。
「いつか」を次の担当表へ近づける
理沙は上司との面談で、「企画をやりたい」ともう一度話した。上司は「分かってるよ。次も頼りにしてる」と返した。
いつもなら、そこで礼を言って終えていた。今回は、次の社内説明会の話を続けた。
「来月の説明会で、参加者向けの案内を考える部分を担当したいです。最初の案を出して、直すところを見てもらう形はどうでしょうか」
企画を全部任せてほしいと言うには、まだ自分でも経験が足りないと感じていた。それでも、完成した資料を整える前の段階に、一度入りたかった。
上司は、今の取りまとめを誰がするのかと尋ねた。理沙は「両方やります」と言いかけた。
それを続ければ、今の仕事が終わってから余った時間で新しい仕事をすることになる。残業して間に合わせる姿を見せても、次も両方できる人だと思われるかもしれない。
「今の集計を全部持ったままだと、案を考える時間が取れません。どの部分をほかの人に渡せるか、一緒に決めたいです」
上司はその場では答えず、担当表を見直してから話すことになった。
今の仕事を大切にしてきたからこそ、それを手放したいと話すのは気が引ける。それでも、任せる側が担当の配分を変えず、本人の熱意で両方こなすことを待っているだけでは、新しい経験のための時間は空かない。
もし今回も「そのうち」で終わるなら、何が整えば担当できるのか、いつ再び話すのかを確かめたい。話すたびに条件が増え、機会が来ないこともある。その場合は、自分の頑張りが足りないと引き受け続けず、社内の別の仕事を調べるなど、経験を得られる場所を探す材料になる。
翌週、担当表の一部が変わった。集計のうち一つを同僚が受け持ち、理沙は案内の初稿を作ることになった。希望した全部がかなったわけではなかった。けれど、何を考えるのかが決まると、不安も具体的になった。
最初の案には、修正がいくつも入った。取りまとめをしていた頃ほど、すぐに「助かる」とは言ってもらえなかった。
少し落ち込んだあと、理沙は指摘された箇所を読み直した。今までなら、誰かの案が直っていく過程を議事録に残していた。今日は、自分の案をどう直すか考えていた。
褒められる仕事を続ければ、この時間がいつか来ると思っていた。今回は、やってみたい部分を一つ選び、そのために空ける時間まで話した。
机の上には、いつもの集計表と、赤字の入った自分の案が並んでいた。どちらも理沙の仕事だった。赤字を見ながら、次の一文を考えた。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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