管理人【K】の言葉

退職したら、妻も一緒に暇になると思っていた

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退職して最初の月曜日、修司は妻の真理が玄関で靴を履く音を聞いた。

「どこか行くの?」 「いつもの体操。お昼は冷蔵庫にあるよ」

一緒に昼を食べて、午後は近くの公園でも歩こうと思っていた。誘う前から、そういう一日になるつもりでいた。

「せっかく家にいるんだから、今日くらい休めば」

真理は靴べらを置いた。

「今日くらいって、これから月曜日はずっと家にいるんでしょう」

扉が閉まると、修司は食卓に戻った。先週までは欲しかった静けさが、その朝は持て余すほど長かった。

退職後の暮らしを想像するとき、頭の中では自分の出勤だけが消えていることがある。妻はそこにいて、自分が望むときに一緒に過ごせる。楽しみにしている本人には、その想像に相手の予定が入っていないことが見えにくい。

修司も、妻を縛るつもりはなかった。ようやく時間ができたのだから、今まで行けなかった場所へ二人で行きたかった。それだけに、出かけていく背中が「あなたとは過ごしたくない」という返事のように見えた。

けれど、真理はまだ公園への誘いを聞いていない。聞いたのは、続けてきた体操を休めば、という言葉だった。

自分がいなかった平日に、相手の暮らしがある

夕食のあと、修司は「月曜は体操なんだね」と聞いた。

真理の話では、終わったあとに仲間と少しお茶を飲むこともある。午後には買い物をして、混む前に帰る。火曜は仕事、木曜は母の様子を見に行く。家にいる日も、洗濯や手続きの合間に本を読んだり、一人で昼を食べたりしていた。

曜日を知っているつもりだったのに、その日をどう過ごしているかはほとんど知らなかった。

「じゃあ、水曜は空いてる?」 「何かしたいの?」

先に空きを探した修司へ、真理が聞き返した。

「昼、一緒に食べたかったんだ。朝、言えばよかった」

その一言なら、真理も自分の希望と並べて考えられた。

予定が書いていない時間にも、相手が楽しみにしている過ごし方がある。長年の夫婦でも、空白に見える一日を自由に使えるわけではない。「暇なら一緒に」と誘われるたびに、断る理由を作らなければならないとしたら、一人の時間はだんだん説明の要るものになる。

一緒に過ごしたい願いには、退職後の寂しさも混じる。仕事へ行かない朝を、誰かと始めたい。その気持ちを口にすることと、相手の予定を不要だと評することでは、相手に届くものが違う。

妻の生活を尊重しようとするうちに、修司だけが何も言えなくなるのもつらい。二人で食べたい昼があるなら、その昼を誘える。相手が毎日の相手役になることまで、ひとつの誘いに含めずに。

昼食の約束の外にも、一日が続く

水曜日は近所の店で昼を食べることになった。真理は午後に読みたい本があると言い、修司は食後も何となく一緒にいるつもりだったことに気づいた。

仕事をしていたころ、二人で出かける日は週末の行事だった。昼食のあとも買い物をして、家まで一緒に帰る。その形を、平日にもそのまま持ってこようとしていた。

「じゃあ、食べたあとは別々か」 「うん。昼は楽しみだよ」

一緒にいる時間を短くされたようで、少し寂しかった。ただ、真理が昼の約束を楽しみにしていることも聞けた。午後は一人でいたい。昼は一緒に食べたい。その二つが、真理の今日の希望だった。

食事の約束は、その日の残り全部を一緒に過ごす約束とは限らない。どこまで一緒にしたいかを話しておくと、途中で帰ることが急な拒絶に見えにくくなる。

もちろん、退職で在宅時間が増えれば、食事や家事の量も変わる。修司が昼を自分で用意すること、今まで真理がしていた用事をどう分けるかは、二人の新しい暮らしとして話す必要がある。一緒に出かける楽しみが増えても、日々の負担が真理に増えたままなら、誘われるたびに、また用事が増えると身構えることにもなる。

相手の暮らしを知ると、自分にも尋ねたいことが出てくる。昼食のあと、何をしていたいだろう。予定を埋めるための立派な趣味がすぐ見つからなくても、行ってみたかった店や、手をつけていない本はある。妻が外出しない日にも、自分で選んで過ごす時間を少しずつ作っていく。

水曜日、店を出たところで真理は家へ、修司は図書館へ向かった。

別れ際に「また来たいね」と言うと、「今度はあっちの定食も食べたい」と返ってきた。次に来る日は、まだ決めていない。

自分の退職で、二人の毎日が一緒に空くと思っていた。今は、別々に過ごす午後の先に、また一緒に食べたい昼がある。

本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。

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