管理人【K】の言葉

家事を頼むと「こっちも疲れてる」と返ってくる夜

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食卓の皿を下げながら、「今日は洗ってもらえる?」と聞いた。

夫はソファに座ったまま、「俺も疲れてる」と答えた。

その「も」に引っかかった。こちらはまだ、疲れたとさえ言っていない。頼みごとを一つしただけなのに、これから自分の一日を説明しなければならない気がした。

「私だって、帰ってからずっと動いてるよ」

「こっちも昼休み取れてないんだけど」

言い返す材料は、いくらでもあった。朝の洗濯、仕事帰りの買い物、子どもの宿題。相手にもあるのだろう。急に入った会議、帰り際の電話、混んだ電車。

話しているうちに、皿をどうするかは遠くなった。自分のほうが大変だったと認めてもらえなければ、また台所へ戻ることになる。そのことが悔しかった。

相手の疲れを認めたら、自分が動くことになる

妻の奈緒は、夫が忙しいのを知っていた。夕飯の途中にも仕事の連絡が来ていたし、目の下に疲れが見えた。

それでも、その晩は「大変だったね」と言いたくなかった。

そう言えば、自分が皿を洗う流れになる。夫をいたわる言葉が、そのまま家事を引き受ける返事として扱われてきた。少なくとも奈緒には、そう感じる夜が何度もあった。

相手の苦労を認めるたび、自分の負担が増える。その経験が重なると、相手の「疲れた」を聞くことまで怖くなる。優しくしたくない自分に気づいて、さらに嫌な気持ちになる。

二人とも、自分の一日を知ってほしかったのかもしれない。けれど、どちらがより大変だったかを決める会話では、相手の話に頷くことが、自分のつらさを引っ込めることになってしまう。聞いてもらいたい二人が、互いの話を小さくしようとする。

奈緒は水を出した。洗い始めれば、口論は終わる。いつもそうしていた。

夫が「だから、あとでやるって」と言った。

「そのあとを待って、終わってなかったら私がやるのも、もう疲れた」

声が思ったより大きくなった。皿の枚数だけが問題なのではなかった。話が決まらない夜の最後を、いつも自分が引き受けることにも疲れていた。

二人とも余力がない夜に、何を残すか

翌日、奈緒は昨日の仕事がどれほど忙しかったかを、もう一度説明しようとした。途中まで話して、やめた。また同じ勝負になる気がした。

「あなたが疲れてるのは分かる。でも、私も昨日は台所に立つのがきつかった。二人ともできない日に、結局私がやることになるのを変えたい」

夫は、「頼まれると、まだそれくらいできるだろって言われた感じがする」と答えた。

奈緒はそこまでは考えていなかった。ただ、そう聞こえたという事情が分かっても、頼めないまま暮らすのは困る。

「できるか聞いてる。難しいなら、そのあとのことも一緒に決めたい」

疲れの大きさを正確に比べることは難しい。仕事の時間が短かった日でも、帰宅後に動く余力が残っているとは限らない。どちらの疲れが本物かを認め合ってからでないと家事の話ができないなら、毎晩、自分の限界を証明することになる。

そこで二人は、平日の夕飯のあとに残る用事を見た。その日のうちに済ませたいものと、翌日に回せるものが混じっていた。奈緒が一人で全部を片づけていたころには、その区別を相談する機会もなかった。

その夜は、夫が食べ残しをしまい、食器洗い機に入る皿を入れることにした。大きな鍋は翌朝、夫が洗う。奈緒は子どもの明日の持ち物を確認して、そのあとは座る。

「朝できなかったら?」と奈緒は聞いた。

「出る前に言う。何も言わずに残さないようにする」

たった一晩の決めごとだった。それでも、残った鍋が黙って奈緒の仕事へ戻ってくる流れには、初めて言葉が入った。

用事を減らしたり、翌日へ回したりすると、その分の不便も出る。二人が休むために残したものを、翌日片方が余計に早起きして取り戻すなら、負担は移っただけだ。いつ誰が引き受けるかまで見ておかないと、「今日はやめよう」が一人にしか届かない。

「大変だったね」のあとにも相談が続く

週末、夫が仕事の話を始めた。途中で奈緒は、また自分の忙しさを言い返しそうになった。

「それは大変だったね」

そう言ってから、少し間を置いた。

「私も今日は余力がない。夕飯、作る量を減らしたい」

両方を口にすると、自分の言葉がいつもより長く感じられた。相手をいたわったあとにも、自分の事情を続けて話せる。その感覚には、まだ慣れなかった。

これで分担の偏りが片づいたわけではない。疲れたと言うたびに同じ人の担当だけが免除されるなら、普段の分担から話し直すことになる。毎回、もう一人が限界を訴えなければ変わらない暮らしは、続けるのが苦しい。

ただ、今夜の相談を始めるために、相手より疲れている証拠を揃える必要はなかった。何が残っていて、自分はどこから手が止まりそうなのか。そこへ相手の余力も重ねれば、二人とも苦しいという答えから、次を考えられる。

いま「私のほうが大変だった」と言いたくなる夜が続いているなら、その言葉の先で、何を引き受けてほしかったのかを一つ思い出してみる。皿を洗うことか。明日へ回す判断か。自分が動けないあとの段取りを、一緒に考えることか。

翌朝、奈緒が台所へ行くと、鍋はまだ流しにあった。夫が弁当を詰め終え、その前に立った。

奈緒は横を通って、自分のマグカップにお茶を注いだ。相手が疲れていたことと、自分が昨夜休んだこと。その二つが、同じ朝に残っていた。

本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。

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