月曜、由香は仕事で発注数を間違えた。
水曜、半年付き合った相手から別れたいと言われた。
金曜の夜、台所の配管から水が漏れ、床に置いていた段ボールまで濡れた。
雑巾を敷いて座り込むと、三つの出来事が一本の線でつながった。先月、神社の前で転んだことまで思い出した。何かを怒らせたのかもしれない。次はもっと悪いことが起きる。
由香は『不幸 続く 呪い』と検索した。画面には、今すぐ除霊しなければ家族にも影響が及ぶという文章と、三十八万円の申込ボタンが出た。
原因が一つなら対処できる気がした
仕事のミスも、別れも、水漏れも理由が違う。そう考えるより、呪いが原因だと思うほうが少し楽だった。
誰が始めたかを探し、祓う方法を実行すれば、これ以上の不幸を止められる。理由のない出来事を三つ抱えるより、一つの敵を持つほうが怖さに形ができた。
申込画面には残り時間が表示されていた。今夜中なら特別料金。閉じれば取り返しのつかないことになる、と書いてある。
由香は母の顔を思い浮かべ、カード番号を入力しかけた。そこで友人の香苗へ画面を送った。
香苗は『呪いなんてない』とは返さなかった。『三つも続いたら怖いよね。今、水は止まってる?』と聞いた。
由香は足元を見た。雑巾の端まで水が広がっていた。
三つの出来事を別の紙へ戻した
二人は電話をつないだまま、紙へ三つの出来事を書いた。
仕事の発注ミス。分かっていることは、確認表を飛ばしたこと。月曜に上司と再発防止を話せる。
別れ。分かっていることは、相手が関係を終えたいと伝えたこと。今夜直せるものではなく、悲しい。
水漏れ。配管の接続部から出ている。止水栓を閉め、管理会社へ連絡できる。
重なった出来事を一度分け、今日扱えるものを一つ選ぶ。由香はまず止水栓の場所を香苗と確認した。管理会社の夜間窓口へ電話し、翌朝の修理を頼んだ。
床を拭き終えても、呪われている感覚は消えなかった。それでも、水漏れだけは巨大な物語から外れ、古い接続部の問題として朝を待てた。
呪いを否定して感情を孤立させず、選択を固定する物語から出口を作る。由香にとっての出口は、信じ方を今夜決めることではなく、自分の手が届く一件を呪いへ渡さないことだった。
申込画面を閉じたあと
翌朝、修理の人は劣化した部品を交換した。部品を見せられても、由香はすべてが偶然だったと急に納得したわけではない。仕事と別れには、まだ怖い意味が残っていた。
ただ、家族まで危険になると急がせ、高い金額をその場で払わせる画面は閉じた。見えないものについてどんな考えを持つ人でも、由香の恐怖を強めて選択を奪う権利はない。
月曜、発注ミスの確認表を上司と一枚増やした。別れのメッセージは何度も読み返し、香苗へまた電話した。何も食べられない夜には、スープを買ってきてもらった。
由香は近所の寺へも行った。静かな場所で手を合わせたかったからだ。受付で事情を話すと、寄付や祈祷を急かされることはなく、しばらく座って帰った。見えないものを信じることと、恐怖へ支配権を渡すことを同じにしなかった。
眠れない夜が続き、仕事へ行けなくなりそうだったため、医療機関にも相談した。助けを一つの説明へ限定しないことも、選べる道を増やした。
悪いことが続いた理由を、由香は今も一言で説明できない。別れは悲しく、仕事へ行く朝にはまた何か起きる気がする。
それでも、台所の水は止まった。確認表を作った。友人と医療機関へ話した。
『自分には悪いことしか起きない』という結末の外に、小さな事実が三つ増えた。未来は、金曜の夜に開いた一つの画面だけでは決まっていなかった。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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