交際して半年が過ぎたころ、恋人がスマートフォンをこちらへ向けた。友人の赤ちゃんが、毛布の中で大きなあくびをしている写真だった。
『かわいいね。いつか自分の子も、こんな写真を撮るのかな』
恋人は少し照れながら笑った。こちらも笑って、画面をもう一度のぞき込んだ。かわいいと思ったのは本当だった。けれど、自分が親になる場面は浮かばなかった。
その夜から、言えなかった一言が会うたびについてきた。
好きな人の未来を借りている気がした
今すぐ結婚する話は出ていない。子どもがほしいと正式に聞かれたわけでもない。まだ半年なのだから、話を急ぐ必要はないようにも思えた。
一方で、恋人が将来の家や家族の話をするたび、相づちが小さな約束になっていく気がした。いつか気持ちが変わるかもしれない。変わらないかもしれない。自分でも十年後は分からない。
子どもを望まない理由を探すと、仕事、身体への怖さ、お金、育てる自信のなさが浮かぶ。そのどれを話しても、解決策を出されたら言葉を失いそうだった。理由が解決しても、子どもをほしいという感覚が生まれるとは思えなかった。
恋人を好きな気持ちはある。同じ人との子どもを望む気持ちは、今の自分にはない。その二つが同じ胸の中にあることを、うまく説明できなかった。
未来を言い切れないまま話す
数日後、メッセージを書いた。
『この前の子どもの話、ちゃんと話したい。今度、時間を取ってもらえる?』
送信ボタンを押すまでに三十分かかった。本文には結論を書かなかった。別れ話だと誤解されない言葉も探したが、きれいな前置きは見つからなかった。
恋人からは『分かった。土曜の夜はどう?』と返ってきた。短い返事を見ただけで、胸の奥が冷たくなった。
土曜日、食事を終えてから話した。
『あなたのことは好き。でも私は今、子どもを持ちたいと思っていない。将来変わるとも約束できない』
恋人はしばらくテーブルを見ていた。そして、『一度もほしいと思ったことはないの?』と聞いた。
責められているように感じ、すぐに身を守る答えを返したくなった。けれど、恋人にも突然知らされた未来がある。驚く時間は必要だった。
説得しない会話は静かには終わらない
恋人は子どもを望んでいると言った。自分の家族と過ごした時間が好きで、いつか親になることを自然に考えてきたらしい。こちらの不安を減らせば気持ちが変わるのかとも尋ねた。
『不安がなくなれば欲しくなる、という感じではないと思う』
答えると、恋人の顔が曇った。その顔を見て、何か一つ譲れば元の夜へ戻れる気がした。考えてみる、という言葉なら言える。けれど、その言葉を希望として預けたら、恋人は待つかもしれない。
恋人にも、自分の望む人生を選ぶ時間がある。こちらにも、自分の身体と暮らしについて話す時間がある。互いの選択を残そうとすると、会話はやさしい結論へ着地しないことがある。
その日は答えを決められなかった。恋人は『少し考えたい』と言い、駅までの道をいつもよりゆっくり歩いた。手はつないだままだった。好きであることと、同じ未来を選べるか分からないことが、並んで歩いていた。
次の話をする日だけ決めた
駅の改札前で、二週間後にもう一度話すことを決めた。それまでは、どちらかが相手を説得する材料を集める期間にしない。自分にとって子どもを持つことがどんな意味なのか、それぞれ考えて持ち寄ることにした。
家に帰ると、関係が終わるかもしれない怖さが押し寄せた。黙っていれば、もう少し長く恋人でいられたのだと思う。
それでも、黙った時間の先には、恋人が知らないまま選ぶ未来があった。話した今は、二人とも自分の人生について考えられる。結果が望んだ形になる保証はない。正直に話したことが愛の勝利になるとも限らない。
二週間後、二人は同じ答えを持ってこないかもしれない。そこで関係を続ける方法を探すことも、別々の道を選ぶこともある。どちらになっても、一度の会話だけで愛情の深さを採点する必要はなかった。
最初に頼んだのは、結論を出す時間ではなかった。今の気持ちを隠さず置くための時間だった。
スマートフォンには、あの日の赤ちゃんの写真がまだメッセージに残っている。かわいいと思う。その気持ちと、子どもを望まない現在地は、同じ画面の中にあった。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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