転職サイトを閉じた朝、駅のホームで昔の同僚に会った。
『今の会社、まだいるの? うちの部署で人を探してるよ』
電車が来るまでの三分で、それだけ話した。昼休みには、応募を迷っていた会社のインタビュー記事がSNSへ流れてきた。帰りに開いた文庫本には、『場所を変えると呼吸が変わる』と書かれていた。
一日に三度、同じ方向を指された気がした。今朝まで動けなかったのに、世界が『行け』と言っているようだった。
三つを拾ったのは今の自分だった
偶然は偶然だと説明できる。転職を考えているから関連する記事へ目が向き、本の一文も強く残った。駅では毎日、多くの人とすれ違っている。
それでも、その日に胸が動いたことまで打ち消す必要はなかった。半年前に同じ言葉を見ても、読み流していたかもしれない。今の自分が疲れ、環境を変えたいと思っていたから、三つの出来事が一本の線に見えた。
その線が宇宙から届いた答えかどうかは分からない。けれど、自分の中にまだ言葉になっていない願いがあることは分かった。
偶然を未来の命令にせず、自分の願いと次の選択を知る光として扱う。世界の正体を決めるより、その光がどこを照らしたかを見ることにした。
退職届を書く前に一つ調べる
帰宅すると、勢いのまま退職届の書き方を検索した。すぐ動かなければ流れを逃す気がした。
そこで、偶然が示した方向について、調べられることを一つ調べることにした。駅で会った元同僚へ『その部署の一日はどんな感じ?』とメッセージを送った。
返ってきた話は、しるしより細かかった。仕事は面白い。給与も少し上がる。ただし繁忙期には終電近くなる日があり、在宅勤務は週一回。直属の上司は判断が速いぶん、相談の時間を取りにくいらしい。
今の職場を出たい気持ちは消えなかった。けれど、誘われた会社が自動的に行くべき場所でもなくなった。偶然は入口を示し、条件を調べるのは自分の仕事として残った。
しるしは他人の返事を代わりに言わない
元同僚との再会を、会社が自分を呼んでいる証拠にしたくなった。けれど採用するかを決める人は別にいる。応募しても選ばれないことはある。
恋愛でも同じ時刻に連絡が来たり、何度も同じ場所で会ったりすると、互いに特別な縁がある気がする。その物語に救われる夜はある。
ただ、自分が意味を感じたことから、相手の気持ちまでは決められない。沈黙や拒絶があるなら、偶然を使ってその意思を消すことはできない。世界からの合図を信じる自由と、目の前の人が選ぶ自由は一緒に残る。
元同僚の誘いも、採用の約束ではなかった。『興味があれば詳しく話すよ』という一人の人間の言葉だった。
三週間後に残った流れ
その週末、求人票を読み、勤務時間と仕事内容を書き出した。今の会社で守れているものも並べた。収入の安定、慣れた業務、気にかけてくれる同僚。残る方向の材料も、同じ現実にあった。
転職先の人とオンラインで話し、応募書類を送った。退職届はまだ出さなかった。選考を受けることと、今の職場を辞めることの間に時間を置いた。
三週間後、一次面接の案内が来た。その通知を新しいしるしと呼ぶこともできた。自分が情報を集め、書類を書き、送信した結果と呼ぶこともできた。どちらか一つに決めなくても、面接へ行くのは自分だった。
もし採用されなくても、三つの偶然が嘘になるわけではない。あの日、環境を変えたい願いに気づき、働き方を調べ始めたことは残る。別の会社を探すことも、今の職場で配置を相談することもできる。
駅で昔の同僚に会った日は、人生が決まった日にはならなかった。自分の願いが、調べられる大きさになった日だった。
翌朝も同じホームに立った。昨日までただ通り過ぎていた求人広告を一枚読んだ。光は一本道を示していなかった。次に足を置ける場所を、一つだけ見せていた。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
WORDS LEFT HERE
この記事を読んで、心に残ったこと
答えや助言でなくても大丈夫です。 あなたの言葉は確認後、こよりがそっと届けます。