美奈は夫とのチャットを上へたどった。
『ごみ袋お願い』
『了解』
『木曜、帰り遅い』
『了解』
『宅配便、受け取れる?』
『了解』
一か月で『了解』が二十三個あった。連絡は取れている。支払いも買い物も、二人で暮らすための用事は回っていた。
最後に慎吾が何を面白いと思ったか聞いたのは、いつだったか思い出せなかった。
話し合いを始めた日曜
日曜の夜、美奈はテレビを消して言った。
『最近、私たち会話がないよね。ちゃんと話したい』
慎吾は画面が消えたテレビを見たまま、『何について?』と聞いた。
『何って、私たちのこと』
慎吾は長く黙り、『今、何か答えを出す話?』と言った。美奈はその言葉に傷ついた。近づきたいだけなのに、面倒な議題を持ち込んだ人のように扱われた気がした。
慎吾にも、何を言えば合格なのか分からなかった。月曜の仕事を考えていた夜に、二人の関係全体を説明する準備はなかった。
その日は『もういい』で終わった。翌朝のチャットには、『クリーニング取ってきて』と『了解』が一つ増えた。
エレベーターに乗った犬
水曜、慎吾が帰宅して靴を脱ぎながら、少し笑っていた。
美奈は『今日どうだった?』と聞きかけた。いつもなら『普通』で終わる質問だった。
代わりに、『今日、いちばん変だったものは?』と聞いた。
慎吾は笑い、『変だったもの限定?』と言った。
昼、取引先のビルで大きな犬が一匹でエレベーターへ乗ってきたらしい。飼い主は扉の外でリードを持ち、次の階まで階段を走った。犬は落ち着いて降り、息を切らした飼い主を待っていた。
美奈は、犬は何階のボタンを押したのかと聞いた。慎吾は、清掃員が押したのだと答えた。七分ほど話したあと、二人は翌日の予定を確認した。
関係の問題は何も解決していない。それでも美奈はその日初めて、慎吾の水曜日にあった一場面を知った。
深い会話を迫る前に、答えやすい小さな言葉を置ける場所を取り戻す。美奈がしたのは、相手の心を開かせることではなく、犬一匹が入れるほどの入口を置くことだった。
毎晩の課題にはしなかった
翌日、美奈はまた質問した。慎吾は『今日は特にない』と答えた。美奈はがっかりし、質問の仕方が悪かったか考えた。
そこで、会話を毎晩成功させる新しい家事にはしないことにした。何も返ってこない日は、そのまま終える。自分から『駅の花屋がなくなっていた』と置くだけの日もあった。
慎吾が『へえ』しか返さない夜もある。別の日には、『あそこ、前に鉢を買った店だよね』と続いた。
二週間後、慎吾から珍しく『今日いちばん変だったのは、部長の靴下』と話し始めた。美奈は理由を聞き、慎吾は左右で別の柄だったと答えた。それだけの話だった。
チャットの『了解』は減っていない。暮らしを回す言葉は必要だった。二人が疲れて、夕食中に一言も話さない日もある。
美奈は寂しさを、愛情がない証拠として数えるのを少しやめた。寂しいのは、慎吾の一日に用事以外の入口がほしいからだった。
大きな話し合いが必要なことも、いつかある。その前に今の二人が取り戻したのは、夫婦の未来を答える言葉ではなかった。エレベーターの犬や、左右の違う靴下を置ける数分だった。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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