「ケーキ、買って帰ろうか」
誕生日の夕方、夫から連絡が来た。
由衣は「ありがとう」と返してから、画面を閉じた。朝、自分で「今日、誕生日だよ」と言ったことを思い出していた。
忘れられたまま一日が終わったわけではない。帰ってきた夫は、由衣の好きな店の箱を持っていた。ろうそくを立てて、おめでとうとも言ってくれた。
うれしかった。それなのに、寝る前には少し寂しかった。
何もしてくれなかった人にするのは違う。ちゃんと祝ってくれたのに、まだ足りないと思っている自分が、ひどく欲張りに感じられた。
欲しかったのは、ケーキだけだっただろうか
夫は、頼んだことを嫌がる人ではなかった。
疲れたと言えば夕食を買ってくる。一緒に出かけたいと言えば、予定を確認してくれる。助かっていることは、いくつもある。
けれど、いつも最初の一言は自分からだった。
「今度どこか行かない?」と聞く前に、向こうから誘ってほしい日がある。大事な仕事があった夜には、話し始めるより先に「どうだった?」と聞かれたい。
一つずつなら、小さなことに見える。だから言い出しにくい。してもらったことを数えれば数えるほど、その間に残った寂しさの置き場がなくなる。
由衣が誕生日に待っていたのは、豪華なお祝いではなかった。自分が話していない時間にも、この日を思い出してくれていた。その気配がほしかったのだと思う。
同じケーキでも、朝から選んでくれていたと知ったら、違う気持ちで受け取ったかもしれない。
何をしてくれたかと、何が心に届いたかは、いつもぴったり重なるわけではない。感謝があるのに寂しいという気持ちも、そこに生まれる。
それだけで相手の愛がないとは言えない。ただ、感謝できることがあるからといって、寂しさまで消えたことにはならない。
「言わせたら意味がない」と思ってしまう
翌朝、冷蔵庫に残ったケーキを見て、由衣は昨夜の話をしようか迷った。
でも、「自分から祝ってほしかった」と伝えたら、次はそうしてくれるだろう。それがまた、自分で頼んだ結果に思えそうだった。
言わずに気づいてくれたら、愛されている気がする。言ってからしてもらったら、気を遣わせただけの気がする。
その条件の中にいると、願いを伝える道がなくなってしまう。相手が偶然気づくまで、こちらは黙って待つしかなくなる。
察してほしくなるのは、自分に関心を向けていてほしいからだろう。だから、伝え方の工夫だけで済む話でもない。毎回こちらが説明して、お願いして、実行されたか見届けることに疲れているのかもしれない。
それでも、「一度願いを知ってもらうこと」と「この先ずっと自分が指示し続けること」の間には、まだ確かめていない時間がある。
由衣は、夫がコーヒーを入れているときに言った。
「昨日のケーキ、うれしかった。ありがとう。でも、朝から覚えててくれたらなって、ちょっと寂しくなった」
夫は手を止めた。
「言ってくれれば買うのに、って思ってた」
「買ってほしいのもあるけど、何も言ってないときにも、私のこと考えてくれてるんだって感じたかったんだと思う」
そこまで話して、由衣は少し黙った。口にして初めて、誕生日以外にも同じものを待っていたことが分かった。
自分が何を待っていたのか
話したからといって、その日から二人の暮らしが変わったわけではない。夫はすぐに気の利いた言葉を返さなかったし、由衣にも、これくらい言わずに分かってほしかったという気持ちは残った。
ただ、「何をしてもらっても満足できない自分」という見方は、少し変わった。
誰かにとっては、疲れた日に食事が用意されていることが、深い安心になる。別の誰かは、一日の出来事を覚えていてもらうことで、大切にされていると感じる。同じ人でも、余裕のない時期には欲しい関わりが変わることがある。
最近うれしかったことと、なぜか寂しさが残ったこと。その二つを思い出してみると、自分が待っていたものの輪郭が見えることがある。何をもらったかだけでなく、そのとき何を感じたかったのか。
「誕生日くらい祝って」から、「私のことを思い出してくれていたと感じたかった」へ。願いが具体的になると、相手と話せることも少し変わる。
もちろん、すべてを受け取り方の違いで片づけることはできない。寂しさを話すたび笑われる、気にしすぎだと退けられる。そんな応答が続くなら、その扱われ方も大切な事実になる。自分の心を知ることが、我慢の理由を探す作業になってほしくはない。
自分でも願いが分からなくなったとき、ジョーティのすみかの「パートナーから愛されている実感がないときの星読み」では、本人の出生図と今の相談を手がかりに、愛情や安心を感じる条件、心の反応、今選べることを整理します。
相手がまだ愛しているかを当てたり、関係を続けるべきか決めたりする鑑定ではありません。「私は何を大事にされたいのだろう」という問いを、自分の状況に重ねて見つめるための読みです。
由衣は残りのケーキを二つの皿に分けた。昨日うれしかったことも、寂しかったことも、どちらか一方に直す必要はなかった。
大切にしてもらったことを覚えている。そのうえで、これから大切にしてほしいことも、まだ自分の中にある。
本文中の人物や出来事は、テーマを伝えるために構成したフィクションです。
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